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【小説】冬のおおみそか

織田作之助賞・青春賞に応募した短編小説です。
ちょっとだけ改良は加えましたが全体的にはそのまんまとなってます。
時期的には去年の7月あたりの文章ってことになります。
なんでまたそんな時期に真冬のお話を書いたんだろう……。







【冬のおおみそか】


 善宗寺の銅鐘が鳴り始めた。
 さっきまで景気良く歌謡曲を垂れ流しにしていたテレビはいつの間にか『ゆく年くる年』になっていた。映し出された日本各地の寺院や神社は無音のBGMも相まって荘厳な雰囲気をお茶の間に持ち込んでいる。
 また一年が終わる。新しい年に変わる。
 あともう少しで新年を押し付けられる。湧かない実感を無視して、数字に数字を理解させられる。
 不思議な時間。少しの猶予。静寂。
「お姉ちゃん、けーっきょく見せてくれなかったね、ガンダム」
 ちゃぶ台に置いたステンレスの行平鍋から勇猛果敢に年越しそばを引っぱっている我が弟の顔は、わかりやすく不満げだった。ここ数時間、私がずっとテレビを占領していたのに文句があるらしい。
「これから新年を迎えるってのに、人が死ぬアニメ見てどうすんの」
「そりゃそうだけど……今年中に見たかったなーVガン!」
 もはや達成できないとわかっているからか、はたまた持ち前のさっぱりした性格からか、もしくは一通りの文句を私にぶつけてスッキリしたのか――弟はそれ以上私に何も言わなかった。
「今年中にか……」
 私は今年、いったい何をしたのだろう。
 何もしていないのかもしれない。



 残ったそばは帰ってから食べることにして、私は弟と2人で家を出た。外の寒さを厚いコートで隠して、白い息をかじかんだ両手にやさしく当てる。弟は賢しくも手袋をしていた。
 冬の中垣内はとにかく寒い。生駒山が近いからか雪の降る日も多い。山のふもとは夏は暑くて冬は寒いというけれど、この町はそれらに山風が加わるのだから、それこそとんでもないところである。
 路地から道路に出て、山に向かってテクテク歩く。坂道なのでしんどい。道路沿いの民家が石垣を組んでいる理由がよくわかった。こんな傾斜、平坦にしないと住んでいられないだろう。
「お姉ちゃん、危ないよ」
 弟が私の手をぎゅっと引っぱる。前から車が来ていたらしい。私は歩道に足を移した。
「ふ、ふんぎゃっ」
「お姉ちゃん!?」

 ドスン。

 滑った。思いっきり滑った。
 排水溝の金網で足を滑らせた私は大きなしりもちをついてしまった。痛い。骨が地味に痛い。もうちょっとお尻に肉をつけるべきかもしれない。そうすればクッションになるはずだ。それこそロシアの女性のように……。
「もう、しっかりしてよ」
 弟に引っぱってもらい、体勢を立て直した。街灯の下に入りコートの砂利を落としてもらう。
「ありがとう」
「……早くしないと年越しそばが冷めちゃうじゃん」
 弟は常に利己的だ。そしてその優しさを私は誰よりも知っている。
「ありがとう」
 感謝をこめてもう一度言っておいた。
 弟は何も言わなかった。彼の興味はすでに山頂を走る阪奈道路に向けられていた。
「ここから見るとすごいところを走ってるよね、あれ」

 しばらくその道路を歩いていると、どこからか楽しげな声が聞こえてきた。
 どうやら近所の人たちが集まって甘酒を配っているらしい。
「うわーお酒だって!」
「甘酒だから、あんたも飲んでいいと思うよ」
 もらってくれば? 言うまでもなく弟は走り出していた。元気だ。若い。私はいらない。あんなのでも酔うから。
 その熱さに悪戦苦闘しながらも、美味しい汁物にありついて幸せそうな表情の弟を見て、私の顔もほころんだ。
 銅鐘が鳴り響く。
「お姉ちゃん、急がないと鐘が打てないよ!?」
「あーもうダメかもよ。あと7分で来年だし」
「マジで!?」
 甘酒効果で機嫌を良くしたのか、弟の声は大きい。
 そう、あと7分で来年だ。今年は終わるのだ。十二月三十一日は終わり一月一日となる。日付も心構えも変わる。冬休みであることだけは変わらない。
「俺、走る」
「はえ?」
「走って鐘打ってくる!」
 そう言い残して走り去る我が弟。
 私は1人になった。



 ゴーン、ゴーンと中垣内を揺らす除夜の鐘。
 民家が密集する細い路地を歩いて、いよいよ坂の上に善宗寺が見えてくるところまで来た。このあたりで振り返れば大阪平野の夜景が一望できたりする。冬は空気が澄んでいるからか遠く大阪市内まで見えそうだ。光るビルが漆黒の海まで無限に続き、ところどころ赤く点滅している。綺麗だった。
 えっほえっほと坂道を進む。白い息がたくさん出てくる。コートの中が汗っぽくなったので、手を突っ込んでシャツをずらした。冬なのに蒸し暑い。毎年のことながら不思議だ。私はコートのボタンを外した。
「必殺、空冷エンジン……!」
「誰に言ってんの、周藤さん」
「!? 飯島さん!?」
 その突然の襲撃に私は大いに驚いた。
 飯島太助。同じ高校に通う同級生。いつも何だかんだで絡んでくる、鬱陶しい小男。
「ねえねえ初詣?」
「そ、そうですわよ飯島さん。ではこれで!」
「あ……待ってよ周藤さん!」
 スタスタと最大限の早歩きで逃げることにする。
 私はこいつがあまり好きではない。男のクセに幼い顔してて、なおかつ小柄なので一部の生徒に好かれているけど、所詮は鬱陶しい小男にすぎない。私が調理実習なんかでちょーっと失敗しただけでバカだの訓練しろだの言ってきたり、今みたくタイミングの悪い時に話しかけてきたり、本当に鬱陶しい小男である。
 何より花の女子高生たる私より、はるか数十倍ぐらい可愛いのが非常に腹立たしい。なんだそのロリっぷり。なんだそのまつ毛の量。なんだそのデカい目。なんだその……

 ゴーン……

 ひときわ大きな鐘の音が、私の頭の中の煩悩を打ち砕いた。
 生駒の山で反響し、中垣内を揺らしつくし、冷たい空気を振るわせて、どこか遠くへと通り抜けた、まるで重たい風のような音だった。
「お姉ちゃーん、間に合ったよー!」
「……カルロスできたんだ」
「ゴーンできたよ!」
 古い鐘楼に立つ弟はひたすら誇らしげだった。

「「あけましておめでとうございます」」

 儀礼じみた新年の挨拶を交わして、私と弟は参拝客の列に並んだ。ちなみに飯島はいつの間に消えていた。小男なのでこの群集の中、私たちを見失ったのかもしれない。いい気味である。
 善宗寺はそれほど大きなお寺ではない。ただ年末年始は地元の人がたくさんやってくるので、参拝待ちの私たちはしばし時間をもてあそぶ。
「ねえお姉ちゃん、何をお願いするの?」
「あのね、別にお願いするだけが初詣じゃないのよ」
「じゃあ何をするっての?」
「これから一年の平穏と……去年の感謝かな」
 喋っているうちに列は進み、私たちはいよいよ賽銭箱の前に出た。
 新しい年をかみしめつつ、弟と合わせて20円ほど中に入れた。

「お姉ちゃんは何をお願いしたの?」
「……さっき違うって言ったよね」
 お願い。
 もしかして私には願望など無いのかもしれない
 家でゴロゴロしてたら幸せ。大学もエスカレーターで上がれるし、何の問題も無い。友達も少なくない。
 だからこそ、この平穏を願ったのかもしれない。
「俺はねえ、アレ願ったよ」
「何よ?」
「えっと、家内安全」
「……いいじゃない、いいセンスしてる」
 弟は終始にこやかだった。



 冷めた甘酒と年越しそばをアテにして、弟は毛布に包まりながらテレビを見ていた。
 ずっと見たがっていた『Vなんとか』の最終回。メカメカしい効果音とキャラクターたちの悲鳴が居間に響く。
 いまだに電気ヒーターの近くでかじかんだ手を温めている私に比べて、行動は早いわ元気だわ、やっぱり中学生は若さに溢れている。羨ましい。
「すさんだ心に武器は危険なんです!」
 主人公の台詞が気に入ったらしく、何度も巻き戻ししている姿が妙に笑えた。
 それなりに手の感覚が戻ってきたので、私は新年の初風呂という奴に入ってみることにした。3時間前に入れたお湯なのでちょっと冷めているだろうが、それでも新年という言葉をつければ良いものに思える。
「お姉ちゃん、風呂入るの?」
「そうだけど何か問題でも?」
「いや、だったらヒーターなんかで手を温める必要あったのかなーって」
 私は何かを間違ったらしい。
「……別に良いじゃない、新年初風呂なんだし初ヒーターだし」
「そうなんだ……甘いよねえボウヤは!」
「……これでも女の子なんだけど」
「甘いよねえボウヤは!」
 弟はまたテレビに夢中になっているようだった。何度も巻き戻しては名台詞(?)のモノマネをしていた。
「深夜に大声で台詞を言うのは止めてほしいな。恥ずかしいし」
「甘いよねえボウヤは!」

 ドボーンと湯船に浸かる。
 バシャーンとお湯がもったいないことになる。
「あー気持ちいいー」
 先ほど坂道を登る時に汗をかいたからか、ぬるいお湯でも爽快感があった。
「そういや、ぬるいお湯は半身浴とか言ってたっけ。これはこれで価値があるのかー」
 我が家はかなり古い家で、改築を繰り返すことで機能を追加してきた歴史があるらしい。このプラスチック製のキャノピーみたいなユニットバスも、昔は五右衛門風呂だったと祖母から聞いている。
 それを聞いた時は何かもったいない気がしたものだ。
「まー五右衛門は炊くの大変だろうし、妥当かなー」
 一人で納得した私はしばしの間、穏やかなる初風呂とゆるやかな時間を楽しんだ。



 台所が寒い。
 ちゃんと全身を拭いたはずなのに襲ってくる凍るような寒さに、私はただただ震えた。湯冷めしないように愛する電気ヒーターを足元に置いているけど、下半身が熱を帯びるだけでやっぱり寒いったら寒い。
 それでも私は……作らねばならない。
「お姉ちゃん、お雑煮まだー?」
「早く寝なさい。明日の朝ごはんなんだから」
 さっき年越しそばに使った行平鍋より少し大きな鍋に火をかける。ダシと白味噌は準備済み。ニンジンさんにダイコンさん、クワイさんにゴボウさんまで揃っている。しかもちゃんと切っている。新年早々完璧じゃない――

「なぬうっ!?」
「ど、どうしたのお姉ちゃん!」

 ――お餅がない! これではお雑煮ではなくただの美味しい味噌汁になってしまう。別に今すぐ食べるわけじゃないから、食べる前に買いに行けば良い話ではあるのだけど……新年早々からやっているような店があるだろうか。
「コココココココンビニあったっけ!?」
「あるよ、サークルさんがあるよお姉ちゃん!」
「サークルさんね! 良かったあ!」
 コンビニの年中無休という謳い文句に感謝したのは初めてかもしれない。
 すっかり落ち着いた私を見て弟も安心したようで、二人でクスクスと笑ってしまった。
 時計を見るともう三時前だ。新年になってから三時間。夜更かしも三時間。まだまだ元気な弟に早く寝るように命じて、私もお雑煮作りを急いだ。



 翌朝。
 一月一日が本格始動したような、そんな鮮やかな日光が私を目覚めさせた。窓から差し込むそれをカーテンで遮り、ベッドから降りて新年の初着替えを行う。
 乱れたパジャマを整えて、愛用のクシで適当に髪をとき、面倒くさいのでカチューシャでごまかして、これまた面倒なので足まであるようなロングコートを着込んで完成。後は弟を起こすだけ――

 ピンポーン

 新年の挨拶回りだろうか。私は機嫌良く玄関に向かう。こういう和風な礼儀正しさは大好きだ。
 ガラガラと引き戸を流すと、そこにはまごうことなき美少女がいた。そしてまっすぐ私を見つめていた。
「あけまして……おめでとうございます」
 美少女による見事な挨拶。腰の角度は九十度。
「わ、わ、わ、わ、わ……これはどうも……あ、あけおめです」
 私は思わず舌を噛みそうになった。凄い。これは凄い女の子だ。女の私から見てもヤバい。
 まず髪の毛。サラサラしてツヤツヤの黒髪。違和感のないパッツンですよ、パッツン。
 服はお正月にピッタリのオシャレな和服。これがまた似合う。お尻から腰あたりのラインもすごく綺麗で嫉妬を通り越して呆れそうになります。ええ。胸もまあ、そこそこ。声も可愛いんですねこれが。
 なんといっても顔立ち。ちょっぴり染めた頬、長いまつ毛、大きくてパッチリした目……
「……飯島さん?」
「はい? 私はキャラック松中ですけど……」
 何となく嫌な予感がしたのだけど、どうやら違うらしい。雰囲気が似てるから間違えたのかもしれない。ヤダヤダ、あんな小男と見間違うなんて悪いことしてしまった。
「あー、キャラックさんだー」
 いつの間にか目が覚めたらしい弟が居間から顔を出した。寝癖全開の情けない姿だ。
「こらあんた、まだパジャマじゃない。失礼でしょ」
「はーい」
 そそくさと着替えに向かう我が弟。ものぐさなのは血の繋がりだろうか。
「……弟の知り合いなの? キャラックさん」
「あ、はい。中学は違うんですけど帰り道でよく会うんです」
 なるほどどうやら弟の友達らしい。こんな娘を拾ってくるなんて我が弟ながらなかなかやるじゃないの。じーっとこちらを上目遣いで見つめるキャラック松中は本当に綺麗な目をしていた。こんな目で見られたらどんな男の子もイチコロだろう。私は心の中でこの目をイチコロバクダンと名づけた。
「……なんか、照れますね」
 ちょっと赤らめた頬がなんかやべえ!

 せっかく新年の挨拶に可愛い女の子が来てくれたのだから、それ相応の対応はしなければならない。
「お雑煮をご馳走するよ」と言ってあげると、キャラックは満開の笑顔で答えてくれた。とはいえ待たせるのも何なので、不恰好なジャージに着替えた弟と三人連れ立って近所のコンビニへと向かうことにした。駐車場を横断して田んぼ道を歩けば、すぐそこにサークルさんは待っている。
 ところがどっこい。
「……何コレ」
「知らない、知らないよ俺」
「あ、確かココ閉店したんですよお姉さん……」
 コンビニの趣きを残した売店舗の色のない看板が哀愁を漂わせていた。目の前の国道を大型トラックが諸行無常の響きを残して走り去る。後には何も残らない。
 仕方なく国道沿いのスーパーを訪ねてみるも、休業のポスターに一掃されてしまった。
「どうしよう、バスで住道まで行けば買えると思うけど……」
「もういいよお姉ちゃん。たまには美味しい味噌汁食べよう」
「そう? 今年はクワイも食べてくれる?」
「それはお断り」
 弟はやっぱり利己的だ。そんな彼がたまに見せる優しさに私は騙されているのかもしれない。
 仕方なく来た道を戻る。市境にある魔法瓶工場も今日は休業らしい。なんとなくその工場まで恨めしくなってきた。
「ねえねえ、お姉さんってどういう人なの?」
「えーキャラックさんには説明しにくいなー」
「どういう意味なのさ」
 キャッキャキャッキャと若い二人の会話は弾む。それこそ私の性格から私の得意料理、私の身長体重、私のスリーサイズまで……よくわからないが興味があるらしい。高校生になったらどんな身体になるのか気になるのだろうか。女の子らしい娘だなあ。
 ぶわっと全身の毛が逆立った。

 家に戻ってもキャラックと弟の会話は耐えない。本当に仲の良いことだ。
 というかぶっちゃけあの娘、あいつですよね。あの鬱陶しい小男ですよね。身長とか体格とか変わらないし、あの容姿なら女装なんて余裕のよっちゃんだろうし、私をバカにしたいって動機もあるし……てかそっくりだし。
「………そうだ」
 台所で温めた白味噌汁を居間に持っていくついでに、携帯電話をポケットに忍ばせておいた。あの可愛らしい声を録音して後々利用させてもらおうという魂胆である。
 重たい鍋をゆっくり運んで、居間のちゃぶ台に敷かれたマットに置く。フタを開ければ白い湯気と白い汁と白いお餅が混ざった白い景色が見える。
「わあ、美味しそうです!」
「やっぱりお餅がないのは残念だなー」
「こら、文句言わないの。さあ、自由に食べてね!」
 おあつらえ向きの黒い漆器に入れて、お雑煮をみんなに配った。
 湯気をたてた白い汁にクワイやゴボウといった具材が浮かぶ。我ながら良い出来だ。
 熱いのを我慢して、少し口に含む。
 美味しい。ほっこりする。幸せ。ふう。熱い熱い。ふー。
 やっと新年からお正月に入った気がした。そしてやはりお餅がないのは残念だ。脳の奥底が違和感を訴えて鬱陶しい。
「あつっ」
「大丈夫? キャラックさん」
「あ、うん……」
 目を細めて顔を赤らめ、ついっとお椀に口を添える飯島(個人的に確定)。
 相変わらず可愛らしいことだ。どこでそんな仕草を覚えたんだろう。
「……ねえキャラックちゃん」
「あ、美味しいですよ」
 にっこりと満面の笑みを見せてくれるキャラックこと飯島。
 私はすでにその目の奥にある薄暗く浅はかな企みを見透かしている。
「……好きな子とかいるの?」
「え……あ、そ、それは……!」
 わかりやすくあたふたしてくれる。それこそちゃぶ台が揺れるほど大げさな動きだ。わざとらしい。
「それは……え、えっと……」
 飯島はいじらしく目をそらし、ポソっと言ってくれた。
「……弟さんです」
「え、マジでー! すごーい!」
 突然の告白に目を輝かせる我が弟。箸を止めないあたりはさすがだ。いつまで経っても垢抜けない。
「あら……弟をよろしくね」
「はい……」
 その小さな手の細い人差し指をクルクルと回し、両手で小さな円を描いている飯島はまるで本物の女の子のようだった。
 しばらくして、礼儀正しさがウリの『キャラック松中』も告白と視線の羞恥に耐えかねたのか、うつむいていたその赤い顔をバッと上げて、湿った両目のイチコロバクダンで私を見つめ返し、
「あの、お姉さんはどうなんですか! 誰か好きな人いるんですか!」
 なんてことを言ってくれた。
 もちろん私の答えはこうだ。
「ええ……クラスメイトの飯島くんよ」
「え、お姉ちゃんあの人嫌いって言ってな」

「よっしゃあああああああああああああっ!!」

 わかっていたけれども、わかっていたけれども……その場の雰囲気やお正月の風情、白味噌汁のほっこり感、それら全部が全部見事に崩れ落ちた。
 ていうか飯島って私のこと好きだったんだ。てっきりビックリすると思ったのに……数々の言いがかりや嫌がらせは私が好きだから……って小学生かい。
「あ、ああああ、ああああああああ!」
 おお。キャラックさん焦ってる焦ってる。笑顔で焦ってる。
「あ……兄をよろしくお願いします! 根は良い人なんです!」
 まさかの妹!?
「お姉さん、そういえばさっき携帯電話で録音してましたよね? あれお兄ちゃんに聞かせたら喜ぶだろうなー! まあ報告するだけで感激間違いなしですけど!」
 しかも携帯バレてた。
「そうだ、私の家にお餅ありますよ! ちょっと兄への報告ついでに取って来ますね! まともなお雑煮で相思相愛の祝杯です!」
 個人的にはお餅は早く思い出していただきたかった。
 席を立ち、玄関に向かうキャラック松中。私はもんもんと味噌汁を飲んでいた弟にツバを飛ばす。
「あの娘を捕まえて! 死活問題なんだからーっ!」
 チキンレースが始まった。



 私の何が良いんだろう。
 これといって可愛いわけでもないし、むしろ飯島の方が可愛いし、仮に結ばれても「男女逆」とか言われるはずだ。
 家はお金持ちじゃないし、将来性はからっきしだし、だらだらしてるだけで趣味も大したことない。
 あいつはどうだ。
 飯島もさほど頭が言い訳じゃない。大きな家に住んでるけど単に田舎町だからであって、この辺りじゃ珍しくもなんともない。
 ただひたすらモテる。私が並なら飯島は極上だ。
 その人気者っぷりも嫌いな理由の一つじゃないかと言われれば否定できない。
 今思えば「なんで私に」とか「バカにしてんの」とか、そういう妬みからくる鬱陶しさだったのかもしれない。
 それでも、今でも飯島は鬱陶しい小男に代わりはない。

 和服で下駄なのに物凄いスピードで中垣内の路地を走り抜けるキャラック松中。少女は駐車場の角を曲がり、石垣と側溝の草むら路地を走って、公園の横の中垣内公民館の前を通り、府道七百一号線を駆けていく。
 ロングコートを脱ぎ捨てて、パジャマと下着で追いかける私。にこやかな弟。
「だーいじょうぶでーすよーわたしがはこびますしー」
「大丈夫じゃないっての!」
 再び水っぽい路地に入る。このあたりになると土地勘の限界を超えてしまい、私はすっかり彼女を見失ってしまった。分かれ道が私を混乱させる。
「……私の弟なら」
「わかってるよ、二手に分かれるんでしょ? 迷ったら家に戻るし安心して」
「本当に良い子だわ、あんた」
 私の謝辞も聞かずに弟は路地を抜けていく。

 いくつかの道を直感で進んで、たまに行き止まりに引っかかったりしつつ、私はついに飯島邸へとたどり着いた。家を出てから二十分も経っている。白味噌汁は温めなおせば良いけど、それをお雑煮にするためのお餅をキャラックはすでに手に入れてしまっているだろう。
 そしてあの話も……。
「べつに……好きなんかじゃないし」
「そうなの!? あれ嘘なの!?」
 またもや突然の登場をしてくれた級友の飯島。妹と違い洋服だが相変わらず小柄で可愛らしい。男っぽさを微塵も感じられないその姿に、いつもながら私はなんともいえない気分になる。
 走ったせいか、ずいぶん汗をかいてしまった。拭って水滴が乾燥して手の甲が冷える。全身が冷える。
「……大丈夫? 何か羽織るもの持ってこようか」
「いい。いらないですのよ」
「ええっと……お餅だよね。妹が言ってた」
 飯島はビニール袋に入れた暖かいお餅をいくつかくれた。どうやら先ほどまで庭で新春餅つき大会を行っていたらしい。立派な黒松の影で臼とハンマーがぐったりと休んでいる。
「ありがとう」
「いえいえ。それより……聞いたよ」
 ニコニコと何かを待つ飯島。どうやら私の方から言ってほしいらしい。ちやほやされるばかりで受身の男らしい考えだ。
「……あ、わかった」
「何がなの周藤さん!?」
「そういう所が鬱陶しいんだ。そういうされるがままで自分から何もしない、まともに気持ちを伝えない、誰かが好きになってくれるとか、勝手に思い込んでるワガママで自分勝手な所が大嫌いなんだ」
 話しかけるだけで自然に相手の好意を得られると思っている。実際この男はそうなのだろう。いつもみんなに囲まれてモテモテだし、恋人も選べる立場なのだろう。そしてそれがいつまでも続くでも思っているのだろうか。
「え、でもさっき僕が好きだって言ってたじゃん!」
「それは妹の力で聞き出したんでしょ? ぶっちゃけあんなの冗談よ」
「そんなあ! 酷いよ!」
 別に酷くない。
 すっかり意気消沈した飯島は情けなくも泣きだした。綺麗な目からポロポロと水滴を落とし、鼻水をずんずん言わせた。嗚咽も頻繁に聞こえてきた。
「まあ、みんなには言わないでおいてあげるから……」
「……携帯電話、ちょうだい」
 飯島は私がパジャマのポケットに突っ込んでいた携帯電話を指差した。弟と連絡を取るために一応持ってきておいたのだ。
「どうして?」
「……欲しいから」
「理由は言ってよ」
「……記念に欲しい」
「……OK、音声データならあげる」
 もしかして初めての失恋なのだろうか。ますます憎い奴である。
 ぼう、と山風が吹いた。
 全身に悪寒が走る。本格的に寒くなってきた。パジャマだとつらい。
「あの、もう帰るね」
「うん」
「……一応ありがとう。よく考えたら初めてだわ、告白……? されたの」
「うん」
「飯島が妹ちゃんぐらいしっかりしてたら、考えたんだけどねえ……」
「えっ」
 その時、飯島に電撃走る。
 そんなような表情を見せた飯島は、その大きな目をさらに大きく見開いて、家の中に戻っていった。

「この服ならどうだい、周藤さん!」
「……まさか『キャラック松中』なんて妹はいなかったとか言うつもり?」
「まあね!」

 久しぶりに思いっきり人を殴った。



 家に戻ると何やらいい匂いがした。どうやら先に帰った弟が冷めた白味噌汁を温めなおしてくれているらしい。換気扇からその美味しそうなダシの匂いが外に漏れている。
 台所には案の定、弟がいた。ムック本を読みながらコンロの火を見てくれている。
「ありがとう、ほらこれお餅!」
「やったー! おかえりー!」
 つきたてほやほやとは言えないものの、充分に美味しそうなお餅の加入により白味噌汁はお雑煮へと昇格した。先ほどの漆器に入れて、その真価をいただくことにする。
「ほら、あなたも食べなさい」
「……はい」
「いただきまーす!」
 三人でちゃぶ台を囲む、和やかなお正月。窓から入る日光が少し優しい。
 やっぱりお雑煮はお餅があったほうが美味しい。ゴボウさんやクワイさんも捨てがたいがどうあがいても主役はお餅だ。彼ら根菜はキンピラなどで本領を発揮するのだろう。
「ねえねえキャラックさん、俺のどこが好きなのー?」
「……周藤さんの弟ってところ」
「なるほどー。そういや頬っぺた赤くなってるよ? 熱い?」
「……熱いかも」
 しおらしく黙々とお雑煮を食べる飯島はそれはそれで可愛らしかった。不満げな顔すらも魅力的なのだから男女問わずイチコロだろう。イチコロバクダンの名は伊達ではない。綺麗なパッツンカツラに和服、どこからどう見ても美しいお嬢さんだ。
 気づいたら、それを見ても妬ましいとは思わなくなっていた。
「ふふ、完璧な人なんかいないもんねえ……」
 私だってこんなに美味しいお雑煮を作れるのだから。






最後まで見てくださりありがとうございました。
ちなみに舞台となった中垣内は私の母方の実家だったりします。
善宗寺のお坊さんはアメリカ帰りで英語ペラペラですよ!
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Author:羊ケ丘クリキントン
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