スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-- : -- : -- | スポンサー広告 | page top↑

【小説】三羽烏と俺(未完)

春休みの前半を費やして途中まで制作した小説です。
袋小路に入ってしまったのでしばらく寝かすことにしています。
誤字等あれば教えていただけると嬉しいです。

タイトルは仮のものです。









「三羽烏と俺」

 俺は野球が好きだ。あとカレーも好きだ。
 ある事故で右目の視力を失った俺だが、それでも野球を辞める気にはならなかった。
 毎日たくさん練習して、チームのみんなと一緒にたくさん汗をかいて、美味しくない水道水を無理やり胃腸に流し込む。汗で湿った眼帯をパタパタと乾かしつつ、一生懸命走る。たくさんご飯を食べる。ちょっとだけゲームをする。お風呂で寝てしまったことを両親にどやされる。ゆっくり寝る。
 片目では物を立体的に見ることができない。だからキャッチボールも慣れるまでが大変だった。今でもボールを打つことはできない。だから公式な試合に出ることはまずありえない。
 ところが監督はそんな俺をチームのキャプテンに指名した。
「栗林! お前はどうせ試合には出られないんだからチームメイトの管理でもやってろ!」
 身も蓋もない話だった。でもちょっとだけ嬉しかった。
 かくして新体制となった我が千大晴久高校野球部は日々努力を重ねて練習に励んでいる。



 1 三木七海の変貌

 4月。春を迎えて俺たちは2年生になった。
 もうすぐサイズの合わないブレザーを誇らしげに着こんだ少年たちがこの部室にやってくる。部室にやってきた彼らを部活説明会の会場へと誘導するのがキャプテンたる俺の仕事だ。
 千大晴久高校は広い。そもそも母体となっている千里大学自体がとてつもなく広い。晴久高校は所詮その一部に過ぎない。しかしそれでも十分に広いのだ。
 中学でも野球をやっていたらしい新入生2人を北校舎の多目的室まで連れていく。
 すでに部活説明会は始まっていた。
「この中で実家がカレー屋の人は手を挙げてください!」
「恥ずかしがらずにちゃんと挙げてね!」
「チェーン店じゃなくて自宅でお店をやっている人ですよ!」
「毎日カレーの匂いを嗅いできた息子さんだけね!」
 マイクを持っているのはチームメイトの川口と百武だ。教壇の後ろに置かれたホワイトボードには『野球部大説明会』『初心者歓迎』『3年生がいないので心理的に安定しています』の文字がある。
 俺は連れてきた新入生たちを後ろの方に座らせた。2人とも手を挙げていないところから見て、彼らはカレー屋の息子ではないらしい。
 教室全体の中で手を挙げた生徒の数を数えてみる。
 ひい。ひい。ひい。
 たった1人だった。
「ど……どうしようキャプテン!」
「これじゃ絶対に甲子園とか無理だよ! 今年は無理だ!」
 絶叫する川口。狼狽する百武。他のチームメイトもみんな驚いた様子だった。
 かくいう俺もビックリした。まさかたった1人とは……今年は色々と諦めたほうがいいかもしれない。
 ご存じないかもしれないが高校野球とカレーは密接な関係にある。
 カレーはインド発祥のスパイスで味付けされた料理の総称だ。現地にカレーという言葉はないらしいが、インド料理といえばカレー……これは国際的な常識だと思う。
 長い伝統を誇るこの種の料理にはさまざまな調理技術が付随している。たとえば香辛料を粉々にしたり、味付けの具合を勘案したり、鍋をかきまぜたり……そういう技術は世代を経るにつれてどんどん先鋭化していった。カレーの匂いを吸収することで超人的な力を得ることができる人間すら登場した。そういう人間の子孫は世界中に存在する。日本にも渡来人として渡ってきた連中がいて、その血とDNAはだいたいの日本人が受け継いでいる。だから俺たち野球部はカレー屋の息子を求めている。
 日頃からカレーの匂いを吸収しているカレー屋の息子たちは、入部する以前から未知なる力を得ている場合が多い。もしまだ力に目覚めていなくても、教育することで必ず力を発揮できるようになる。いつでも『カレー拳法使い』になることができるのだ。
「あの……もしかして僕が悪いんですか……?」
 悲しそうに泣き叫ぶ現役生たちを見てか、質問に手を挙げてくれていた新入生――すなわちカレー屋の息子さんは今にも泣き出しそうな顔をしていた。
 これはまずい。こうなったら彼だけでも何とか確保しないと。
 とりあえず名前を聞こう。
「俺はキャプテンの栗林雄一郎だ。君は?」
「秋口……秋口卓也です……」
「なるほど秋口くんか。君は全く悪くないから安心してくれ。うちの野球部は女の子にモテない奴らが多いんだよ。だからああやって騒いで日頃のトラウマを癒しているんだ」
「はあ…………ふへえっ?」
 ちょっと逆効果だったかもしれないが説明にはなったはずだ。
 困惑している秋口くんをチームメイトの有藤がなだめに入った。なるほど、あいつなら上手く説得できそうだ。ここは任せても大丈夫かな。
 カレー拳法使い候補生が1人しかいない。よくよく考えてみれば当たり前の結果だ。去年は2人も有望な人材を得ることができたが、所詮はただの偶然だったのだ。
 カレー屋の息子は強豪校の間でも引っ張りだこになっている。特に幼い頃から少年野球をやっていたカレー屋の息子は特待生待遇で迎えられているはずだ。うちのような進学校の中途半端な野球部に来ること自体が本来ありえないことだ。だからこそ去年の千大晴久は『番狂わせ』と言われたのだ。
「さあさあ野球少年の皆さん、グラウンドに出ましょう。こんな部屋は我々にふさわしくない! グラウンドに出てみましょう、うちのグラウンドは大学付属校だけあって広いですよ!」
 チームメイトの川口と百武が新入生たちを外に連れ出した。先導する2人の後をぞろぞろと追いかける新1年生たちの姿は、とても初々しくて、どこか懐かしいものだった。
 当初の予定通りならこれから始まるのは制服姿でもできる簡単な体力測定だ。ズブの素人から経験者までいろいろいるであろう新入生たちの真価を試させてもらう。
 だがいきなり「やれ」と言われてできるものでもないだろう。
 こういうことはちゃんと説明しないといけない。つまり「見本」が必要だ。
 丘陵の頂上にある北校舎からぞろぞろと下りていった先に我が野球部の使用するグラウンドはある。南校舎と部室棟の狭間にある入り口から、これまたぞろぞろと入って行けば、目の前に見えるのは広大な砂漠だ。平たいクッキーがフェンスまで延々と敷き詰められているような、そんな土色の世界の中で俺たちは日々を生きている。
 新入生たちに先駆けて「一礼してから」グラウンドに入る。こういう昔からの伝統は最初に教えておくべきだろう。俺たちに続いて新入生たちも一礼しつつグラウンドに足をつけた。その様子は人それぞれで、初めてなのか恥ずかしそうに頭を下げる奴から慣れた様子で礼をする奴、はたまた大声で「よろしくおねがいします!」と叫んだ奴もいた。彼らもみんな、素人や野球少年の分別なく、いろんな経験を経てこの学校に来ているのだろう。ぜひとも仲良くなりたいもんだ。その暁にはぜひ旨いカレー屋を紹介してやりたい。
「おいキャプテン、クスクス笑ってないで早くあいつらを呼んできてくれよ」
「それぐらいやってくれよ百武」
「何だよ! ずっと説明会の司会してただろ! 2時間ぐらい! 真面目な百武さんもたまには休みたいんだよ!」
「はいはい。連中を呼べばいいんだろ、臭い部屋に入ってさ」
 ボロボロのパイプ椅子に腰かける百武の右足を軽く蹴飛ばして、俺は部室棟の階段を上っていった。あまり口にはしないようにしているが俺は階段が苦手だ。右目が見えないので距離感がつかめず、たまに足を踏み外してしまう。上るほうはもう慣れたが下りはまだまだ難しい。もちろん百武に悪気がないのはわかっている。
 試練の階段を上りきると、ちょうど目の前に呼び出すべき男たちがいた。
 細長い部室練の廊下を1列になって歩いているユニフォーム姿の野球部員たち。
 前から順に、三木七海・羽田蜂介・烏丸久太郎といった構成だ。
 地元紙に「千大晴久の三羽烏」と名付けられた3人組は、それはそれは扱いにくい連中だが実のところ気は良い奴らで、とんでもなく凄腕のピッチャーだった。
「どうしたんだ栗林。そろそろ俺たちの出番だろ?」
「そうだからこうして呼びに来たんだよ」
 階段を下りるのが苦手な俺は、彼らに先に下りてもらうことにした。
 部室棟の廊下は薄暗くて狭い。放置されている荷物も多い。よって行き違うのにはかなりの労力が必要になる。特に身体を鍛えた野球部員はみんながみんな大男だ。三木はまだ小柄なほうだが羽田や烏丸とすれ違うのは大変だった。俺の身体の横をするりと抜けていった三木に対して、羽田と烏丸はまさに肉薄、男たちの分厚い胸板をこすり合わせての行き違いとなった。
「もうちょい痩せろよ栗林……」
「いやいや羽田のほうがデカいだろ!」
「そんなことない。栗林のほうが臭い」
「おい! いま体臭の話は関係ないだろ! 結構気にしてるのに!」
 本当にどうでも良い話だ。野球部員はみんな汗臭いのが当たり前なんだから、あまりそういうことは言わないで欲しい。羽田だって臭い。ユニフォームに男臭さが染みついている。そんな不快さを漂わせた空気が俺の鼻腔を刺激する。俺の綺麗なユニフォームと羽田の汚いユニフォームがピッタリくっついている。耐えられない。目の前にむっさい男がいるというのもまた耐えがたいシチュエーションだ。早く抜けてしまいたい。
「2人ともさあ、どうでもいいから早くしてくれよねえ……こちとらずっと待ってんだから……」
「まだ烏丸もいるのかよ……ああもう!」
 誰かのカバンや放置されたゴミ袋といった障害物の塊たちを思いっきり蹴飛ばして、若干細身な烏丸とユニフォームをこすり合わせて、俺たちはやっとこさ肉体的交錯状態から抜け出した。息も絶え絶え、男の汗臭さが充満する手狭な廊下。無性に泣きたくなってきた。
 そんな俺たちを、いち早く階段にまで到達していた三木七海がバカにしたような眼で見つめている。もう慣れてしまったが相変わらず憎々しい顔をする奴だ。彼は子供っぽく直情的な性格の持ち主で、正直付きあいにくい。しかしそんな奴でないとエースは務まらないのかもしれない。
 そう。いま俺がすれ違った彼らはうちの主力投手陣なのだ。
 トコトコと階段を下りていく千大晴久の三羽烏。どいつもこいつも凄腕のピッチャーだ。
 頼まれ事は済ませた。これから後はのんびりするのも悪くない。せっかく2階まで上ったんだから、たまには2階からあいつらの投球を眺めてみるのも良いだろう。
 水飲み場の近くでたむろする新入生たち。これから彼らは大いに驚くことになる。魔法か奇術か超能力か、その原理すらさっぱりわかっていない謎の力をたっぷりと堪能するのだ。そして彼らの頭の中は「先輩ってすげえ」の1つにまとまる。これはチームにとって大切なことだと俺は思う。尊敬されない先輩はただの辞書だ。辞書が人間扱いされることはめったにない。。
「さてさてみなさん。これから見てもらうのは昨年度の地区大会において我が野球部を5回戦にまで押し上げた張本人たちでございます。千大晴久の三羽烏とは誰がいったか存じませんが、とにかくそういうあだ名を持つ、我が野球部の投手陣でありましょう!」
 百武の名調子がグラウンドに響いている。あいつが全力を出した時の大声はグラウンドの辺縁にあるポプラ並木あたりまで届いてしまう。まさにマイクいらずの男だ。無駄に良い声をしているのでこういう司会進行役に抜擢されたりもする。
「まずは三羽烏の筆頭、ワカメを食べていないのが丸わかりな栗毛野郎こと、三木七海の登場であります! さあて第1球をお願いしましょう! みなさんご一緒に、さんはいっ! 三木先輩頑張ってー!」
 後輩たちの声援を嫌そうな顔で迎えている三木。そんな彼も捕手の指示には素直に応える。
 ピッチャー三木七海。
 セットポジションから、振りかぶった。
 うなる右腕から放たれた白球はキャッチャーミットの中に……入らなかった。
 三木の投げたクソボールは本塁裏のフェンスに直撃した。跳ねるようにして大空へと繰り出した白球は、やがて空の彼方へと消えていった。
 ところがどっこい、キャッチャーの米原はミットから、本来何もないはずのところからボールを取り出した。ボールは三木の元へと投げ返される。受け取る三木の自信に満ちた笑顔。あっけにとられる新入生たち。
「相変わらず地味だよねえ、三木ちゃんのカレー拳法」
「うるさいぞ烏丸。地味なくらいがちょうどいいんだよ」
「でもデモンストレーションには向いてないよねえ……」
 両手を挙げて首をかしげる烏丸。それに食ってかかる三木。我が千大晴久野球部が誇る2人のカレー拳法使い。
 さっき三木が使ったカレー拳法は『暗示の皿《トレードディッシュ》』と呼ばれるものだ。確か携帯型ハンドブックのポケット拳法にその由来が事細かく書かれていたはずだ。久しぶりに開いてみよう。

 ブリテン流『暗示の皿《トレードディッシュ》』
 19世紀のイギリス、インド系移民の家庭にて発生。
 ある日お気に入りのカレー皿を幼い弟に取られた姉が、自分の使うことになった古いお皿をお気に入りのものだと思い込んで食べることにした。
 すると本当にお気に入りのカレー皿で食べているような気がしてきた。よく見てみると古いお皿がお気に入りのお皿へと変化していた。これには家族も驚いた。
 この歴史的事実から生み出されたのが当技術である。
 物事を視覚的に偽装することができる。偽装はかけるのも解くのも自由自在である。どんな物でも触れてさえいれば拳法使いの思った通りに偽装することができる。
 すなわち打者が絶好球だと思ったボールが実はワンバウンドするようなクソ球だったりする。

 つまりはこういうことだ。
 三木はカレー拳法を使って、自分の投げた球をクソボールに『偽装』してみせた。まんまと騙された俺たちはフェンスにぶち当たって大空高く飛んでいった『架空のボール』を本物だと信じ込まされたのである。
 ありえないレベルの視覚的偽装。ホログラムの製造。それが『暗示の皿《トレードディッシュ》』の力なのだ。
 1年間バッテリーを組んでいるキャッチャーの米原は本物のボールがキャッチャーミットに来るとわかっているため、まったく動じることが無かった。だがそれ以外の全員が大空に消えていく白球を目で追いかけていた。
 これがカレー拳法の威力だ。カレー屋の息子だけが習得できる謎の技術。その神髄だ。
「はてさて、新入生の皆さんにはさっぱりわからない状況でございましょう。しかし私たち2年生はちょっとした鬼ですから、説明もないまま2人目のデモンストレーションをやらせていただきます。2人目は三羽烏の羽ではなく……ひとつ飛ばして烏こと烏丸久太郎くんにやってもらいましょう!」
 百武の司会進行のもと、三羽烏の見本市は進められていく。
 投げ終わった三木からボールを受け取り、マウンドへと足を進める烏丸。
 その長身から繰り出されるカレー拳法は確か……『鍋の熱き常温《オペレーションレンジアップ》』だったはずだ。
 烏丸はニヤリと笑みを浮かべて、息を深く吸い込んだ。
「みなさんにわかってもらいたいのがですねえ! 僕の能力はさっきの三木ちゃんよりもかなり使い勝手が良くて、かつわかりやすいものなんですよ! つまり! 僕のほうが優秀なんです! 抑え投手だからって馬鹿にしないでいただきたい! それだけです!」
 声を張り上げて高らかに宣言する烏丸久太郎。ひょろりとした長身を除けば地味な容姿をしている烏丸だが、自己顕示欲や自信の類は人一倍強いものを持っている。
 烏丸は眼光鋭くキャッチャーミットをにらみつけた。前髪の隙間から見える三白眼はなかなか迫力がある。烏丸は歯を食いしばり、目標に向けてボールを投げ込んだ。なにぶん身体が長いので投球の動作も大ぶりになる。そのわりに速くない球を投げるのが烏丸という男だ。
 ひょろりと飛んだボールは炎をまとっていた。遠くから見てもわかるほど、明らかに燃えていた。
 触れたものを燃やしてしまう能力。それが烏丸のカレー拳法『鍋の熱き常温《オペレーションレンジアップ》』の正体だ。
 その由来をポケット拳法で調べてみよう。

 ブリテン流『鍋の熱き常温《オペレーションレンジアップ》』
 イギリスのとあるインド料理店。慢性的な不況のあおりを受けて今にも倒産寸前だったこの店に、救世主が現れた。それはコンロでカレーを温める仕事をこなしていた1人の従業員であった。
 何年も何年もカレーに火を入れるだけの毎日を過ごしていた彼は、いつの間にかコンロ無しでカレーを温めるようになっていた。それを見抜いた店主は、彼を超能力系のテレビ番組に登場させ、莫大なギャラを手に入れた。そしてその資金を元にインド料理店は大改装を行い、今ではリバプールで1番のカレー屋として人気を博しているという。
 その従業員に発露した技術こそ、鍋の熱き常温《オペレーションレンジアップ》である。

 それにしても触れたものを燃やしてしまう能力とは、なかなか便利そうなものだ。冬場のキャンプ場では大活躍できるだろう。災害救助やサバイバルの分野でも生かせる技術だ。「これさえあれば就職先には困らないランキング3位」とポケット拳法にも書いてある。1位と2位は何なんだろう。
 三木や烏丸から聞きかじっただけなので詳しくは知らないのだが、カレー拳法は1人につき1つしか習得できない技術だと言われている。これは1つのカレーが甘口と辛口を内包できないのと同じ原理によるものらしい。
 カレー拳法を使う時にはエネルギーとしてカロリーが使用される。拳法使いはカレーを食べることでそのカロリーをこの世でもあの世でもない第3の領域へと移すことができる。拳法使いは主にそこからエネルギーを取り出して拳法技を使用するというわけだ。
 いわゆる第3領域に貯めていたカロリーを使い果たすと、今度は拳法使い自身の身体に貯蓄されたカロリーを使用することになる。よって使いすぎは厳禁で、何度も拳法技を使うと途端に腹が減ってくるらしい。
 一方でダイエットには効果的だと言われている。烏丸が細身なのもカレー拳法を使いすぎているからだ。普段それほどご飯を食べないほうなのに、家に帰るとガスコンロの代わりから風呂炊きに至るまで延々とこき使われるらしい。可哀そうに。
「ただ燃やしただけじゃねえか。そんなの目くらましにもならねえ」
 離れたところから三木が文句を言っているが、烏丸の能力は三木の『暗示の皿《トレードディッシュ》』より遥かにわかりやすいものだったため、新入生たちは大いに湧き立っており、盛んに拍手を送っていた。
 そんな様子が気に入らないらしい三木はわざわざ部室棟の階段を上ってきて、2階廊下の端からグラウンドを眺めていた俺にべちゃくちゃと抗議のようなものをぶつけてきた。
「おい栗林、どう考えても俺の能力のほうが凄いだろ!」
 三木は自分のプライドを大切にしている男だ。言い方を変えれば子供っぽい性格をしている。ワガママで負けず嫌いな三木は三羽烏の中でもかなり付きあいにくい部類に入る。
 さてさて。それにしても返答に困る質問だ。正直なところ三木の『暗示の皿《トレードディッシュ》』のほうが使い勝手は良いように思える。かといって烏丸も三木も自信過剰なところがあるので、どちらもあまり褒めたくない。
 別にただのキャプテンに何かしら言われたところで傷つくような連中ではないと思うが、とりあえずは羽田でお茶を濁すことにしよう。
 羽田蜂介。うちの野球部のセットアッパー。先発投手の三木から抑えの烏丸に繋ぐ役割を任された男。
 彼の放つ「縦に伸びる速球」は時速149キロを記録したこともある。地区有数の速球派投手だ。そして三羽烏のうち唯一のカレー拳法使いでない人物でもある。
 三木と烏丸は持ち前のカレー拳法で新入生たちを驚かせたが、羽田はその実力でグラウンドを湧かせてくれた。
 キャッチャーミットに入る白球たちはどれも気持ちよさそうな音を立てている。ボールを受け取る米原が辛そうな顔をしていた。あのスピードをそのまま喰らったらそれはそれはもう痛いだろう。さすがに同情を禁じ得ないが米原だって慣れっこのはずだ。去年から三羽烏の女房役を務めてきた奴だ。そんな奴が痛そうにしているだなんて、いったいぜんたいどうしたんだ。羽田は本気で投げているってのか。
「バカなこと言ってんじゃねえぞ、三木に烏丸。三羽烏で一番凄いのは間違いなく俺だ!」
 羽田は笑った。マウンドから降りた烏丸や俺の横にいる三木に対して、笑って見せた。
 あいつもあいつで負けず嫌いな男だから困る。これだから三羽烏は付きあいにくい。
 憮然とした顔で羽田の投球を見つめる三木だったが、羽田に反論する気はないようだった。
「さっきの答えだけど、一番凄いのは羽田蜂介ってことでいいよな。三木」
「ああ。それでいいかもな」
 あれだけ一生懸命に聞いてきたくせに大雑把な反応だ。それだけ三木は彼我の差を気にしているのかもしれない。
 野球少年はだいたいがプロを目指すものだ。俺だって右目がおかしくなるまではそれなりに夢を見ていた。三木や烏丸のようなちょっとした実力者ともなれば現実としてプロを見据えていてもおかしくない。
 ところがプロ野球は優れたカレー拳法使いよりも単純に力のある選手を求める傾向がある。なぜならカレー拳法はカレーの匂いさえ日常的にかぎ続ければ誰でも覚えられるようなものであり、それくらいはプロに入ってからでも十分にできることだからだ。
 加えて、小手先の拳法技ではおそらくプロの目はごまかせない。あの人たちの眼光は一般の人と比べて何かが違う。鍛え方が全くもってとんでもない。テレビの野球中継で派手なカレー拳法を見ることが少ないのはそのためだと言われている。鍛えられた野球選手なら三木の『暗示の皿《トレードディッシュ》』ぐらいは軽く見破ってしまうだろう。ただ燃えているだけの『鍋の熱き常温《オペレーションレンジアップ》』なんて1球ビックリして終わりだ。プロの野球選手には業火の中で己を鍛えるようなつわものさえいると言う。
 羽田はカレー拳法が使えないぶん身体をしっかり鍛えてきた。一方の三木と烏丸はカレー拳法に依存してきた。その差がこの1年で大きく出たように思える。
 何かにつけて文句を言う三木も羽田がボールを投げている間は何も言わない。ただ悔しそうに口を結んでいるのみだ。
「……何でこんなに他人事みたいに考えちゃうんだろうなあ。同じ高校生なのになあ」
「そりゃ栗林は試合に出られないからだろ。そのぶん公平に見てくれるから重宝してんだぜ?」
 三木は階段の手すりにもたれかかって、少しだけ笑っていた。
 なるほど。そうかもしれない。右目が見えなくなったぶん周りがちゃんと見えるようになったわけだ。そのかわり現実味を失った気もするが、ここは素直に喜んだほうがいいかもしれない。
 キャップをかぶり直して眼下のグラウンドに目をやると烏丸がマウンドの羽田に殴りかかっていた。それを止めに入る有藤たち。ざわつく新入生たちと適当な説明でごまかしている百武と川口。千大晴久野球部は今日も元気だ。
「ははは、止めに入った有藤が逆に蹴られてやんの。ちょっと加勢してくるわ」
「頼むからケガだけは勘弁してくれよ、三木」
「わかってるよ、キャプテン!」
 俺に向けて手を振りながら階段を下りていく三木七海。やがて座っている新入生たちの間をかき分けていって、マウンド付近で暴れている烏丸に向かってとび蹴りを喰らわせていた。
 ここはキャプテンとして止めに入るべきだろうか。高見の見物を決め込んで2階から見守るべきだろうか。どっちだ。
「キャプテンなら止めるべきだろうよ……俺、栗林雄一郎!」
 俺は駆けだした。
 苦手な階段はジャンプして飛び越える。踊り場で着地して今度はグラウンドへと飛ぶ。衝撃が足に響く。
 あとは新入生たちをかき分けて、パイプ椅子を片手にマウンドに向かうのみだ。
「おいお前らキャプテンが行ったぞ! 椅子持ってんぞ!」
「今のうちにやめとけ、キャプテンは鍛え方だけ半端ないんだから!」
 後ろから百武と川口の声が聞こえてきた。おとなしく新入生の相手をしていればいいものを。
 俺がマウンドに突撃すると、直接ぶつかってもいないのにチームメイトたちがボーリングのピンのように散っていった。
 あとに残るは主犯の烏丸と被害者の羽田、彼らの喧嘩を止めようとしている苦労人の有藤と、ニヤニヤと笑みを浮かべて喧嘩を傍観しつつさりげなく有藤を守っている三木のみだ。
「てめえの身体をよこせよお! こちとら拳法技しか良いとこないんだぞ!」
「だったらちゃんと鍛えろよ烏丸! そんなにヒョロヒョロな野球選手がいるか!」
「いくら鍛えてもカレー拳法使ったら筋肉なんて飛んじゃうんだよ!」
「それはガス代をケチってる親御さんが悪いんだろ! 俺じゃねえ!」
「僕のお母ちゃんを悪く言うな! みんな貧乏が悪いんだあ! 岡林さんもそう言ってた!」
「だったら私立高校に来るなよ!」
「もういいから羽田も烏丸もやめなよ! 新入生が怖がっちゃうよ!」
 何とか2人を引き離そうとしてくれている有藤のおかげで喧嘩は舌戦となりつつあった。
 そこに現れる優しいキャプテン。俺こと栗林雄一郎。
 硬そうな椅子を投げつけられれば誰だってビビってしまうことだろう。
 グラウンドを転がっていったパイプ椅子をもう一度拾い上げて、ギロリとにらみを利かせちゃったりしたらもう完璧だ。
 黒い眼帯は怖さを演出してくれる大切なアイテムだ。さりげなく見せびらかす。
 これでどうだ、三羽烏。
「何だよ栗林……こうなったら燃やしてやろうか!」
「おいやめろ烏丸! 直接人間にカレー拳法を使うのは禁忌なんだろ!」
 仰々しく右手を構える烏丸を羽田が止めようとする。
 羽田の言う通りだ。カレー拳法は直接人間に使うことができない。理由は俺も詳しくないのでよくわからないのだが、カレーとカレーを混ぜ合わせると全く別のカレーになってしまうのと同じ原理だそうだ。カレー拳法を直に受けた者は最悪の場合死んでしまうとも言われている。
 だからこそ道具を使うスポーツでのみカレー拳法は活用されている。例えばテニス。例えばサッカー。例えば野球。
 烏丸は相変わらずこちらを睨んでいた。彼は普段おとなしいわりにすぐ火がついてしまう困った男だ。プライドを傷つけられることをひどく嫌っている。
 おそらくは羽田の「俺が一番宣言」が烏丸の心を傷つけてしまったのだろうが……矛先がこちらに向いてしまった以上、どうにかするしかない。今度こそパイプ椅子を投げ当ててみるか。
「キャプテン……どうしよう!」
 烏丸の対戦相手が突然変わってしまい、おろおろと困惑している有藤が助けを求めてきた。そんなのこっちが聞きたい。燃やされてしまったら最悪死んでしまうんだ。怖いんだぞ。
「大丈夫だ、グラウンドの一部を燃やしてしまえばいい。そうすれば死ぬことはないし禁忌を犯すこともないから僕だってあとくされがない。人を殺す気は無いんだから……無いんだから!」
 激昂する烏丸久太郎。なるほどその手があったか。グラウンドに火をつければ人間を間接的に焼くことができる。禁忌を犯すこともない。よくよく考えてみれば道具に限定しなくても物質ならば何にでもカレー拳法は使えるのだ。
 どっちみち焼け死ぬのには変わりなさそうだが……良いことに気づかせてもらった。
 俺はパイプ椅子を捨てて、近くで笑っていた三木のところへ駆け寄った。
「おい栗林、へへっ。俺はお前なんかと心中したくねえぞ?」
「この期に及んで笑っているってことはヤバそうになったら本気で止める気なんだろ、三木」
「はは……まあな」
「だったら烏丸の周りの空気を偽装して、あいつの嫌がりそうな映像でも流してくれ」
「ほほう。どんな映像がいいんだ?」
「小便チビって冷静になれるくらいの奴がいいよ。三木の裁量に任せる」
「なるほど……じゃあ有藤と羽田はちょっと離れてくれな!」
 こういう自分の能力が行かせるシチュエーションをカレー拳法使いは非常に好んでいると言われる。加えてそれが自由度の高い仕事なら喜びもひとしおだそうだ。三木はさっきまでの悪そうな笑みとはうってかわって、好奇心にあふれた良い笑顔を浮かべていた。異端な自分を認めてもらえることは嬉しいことだと野球指導の専門書には書いてあったが実際のところどうなのかはわからない。本人にそんなこと聞いたら、たちまち気を悪くしてしまうだろう。
 両手を大空に掲げて、三木は自らの能力を大いに発揮した。
 暗示の皿《トレードディッシュ》は偽装をかける相手を選ぶことができる。ホログラムを見せる対象を絞ることができる。
 さっきは新入生や俺たちに拳法技の威力を見せびらかすため、この場にいるほぼ全員を騙していたが、今回は違ったようだ。
 俺の注文したえげつない映像は烏丸にしか視認できない特別製だった。
「おのれ……おのれ三木、こんなことして……こんなもん僕は見たくないぞ、許されないぞ!」
 烏丸が何を見せられているのか俺にはわからないが、ひどく狼狽している様子だった。俺からすれば虚空をにらみつけてふるふると震えているようにしか見えなかった。そんな哀れな烏丸を見つめる三木の顔は満開の笑みだった。
 グラウンドの真ん中でブルブルと震えている烏丸の様子はあまり見られるものではない。何より喧嘩をふっかけた本人が何もできなくなっているのだから危機は過ぎたと考えるべきだろう。
 新入生たちはあまり良い顔をしていなかった。帰ろうとする生徒もいたが百武が何とか抑え込んでいた。
 これからうちの主力になるであろう新入生たち。素人だろうが1人とて逃がすわけにはいかない。意地と根性でできるだけ勧誘していかなくてはいけない。3年生がいないぶん人数も少ない我が野球部には人材が必要なのだ。これは野球部顧問・十河監督の弁でもある。
 俺はコソコソ逃げようとしていたカレー屋の息子・秋口くんの手をつかみ、言ってやった。
「頼む秋口くん。野球部に入って俺を甲子園に連れてってくれ!」
「無理ですよ! 素人の自分には無理です! 何か怖いですし! 見に来ただけですから!」
「大丈夫だ秋口くん。今から軽い体力測定みたいなことをするから安心してくれ。最初はみんな同じようなもんだよ。周りの子を見てごらん。君と体格は変わらないはずだ。それを受けてから考えてくれてもいいだろう?」
「うう……ううう……」
 泣き出してしまった秋口くんには申し訳ないがこちらにも事情がある。カレー拳法使い候補生は何としても確保しないといけない。申し訳ないと思っているぶん秋口くんにはいろいろと配慮してあげるつもりだ。
 新入生が受ける簡単な体力測定。これは俺たちもかつて受けたものだ。
 まず50メートル走って、タイムを測る。
 それから柔軟体操で身体の柔らかさを見る。
 そして最後はどれだけスタミナがあるかを市内某所の焼肉屋で測らせてもらう。
 垣内コーチの操る中型バスに乗り込んでいろいろなものを食べてもらうのだ。大人数だからといって食べ放題みたいなところは選ばない。垣内コーチオススメの個人経営のお店である。コーチ曰く、もうすでに予約も取ってあるそうだ。
 正直ただの買収だが進学校の運動部はこうでもしないと人が集まらないのだ。うちの野球部に3年生がいないのも、学校から注意を受けた垣内コーチが当時の新入生を焼肉屋に連れていかなかったためと言われている。
 さてさて、必死の形相で逃げようとする秋口くんを有藤と一緒にグラウンドまで引っ張っていって、新入生たちの通過儀礼を応援しようか。
 春分を過ぎても昼は短い。夕陽の入るグラウンドを一生懸命に走る新入生たち。かつて見た光景を傍から眺めつつ、泣きじゃくる烏丸の細い背中を撫でてやる。
 デジタル時計を片手に新入生たちのタイムを測る川口。俺が投げつけたせいでついに壊れてしまったらしいパイプ椅子を工具で修理している百武。一緒になって柔軟体操をこなしている三木と有藤。キャッチャーの米原を相手に何度も何度もボールを投げている羽田。何の映像を見せられたのかひたすら泣くばかりの烏丸。他の現役生連中もそれぞれがそれぞれなりに練習をこなしている。
 どんな守備もそつなくこなす内野陣がいれば、それなりに足の速い外野手たちがいる。彼らは打撃のほうもなかなかのものだ。
 投手陣は言うまでもない。三羽烏が去年と同様きっちり抑えてくれることだろう。
 去年はそこに俺もいた。左翼手を務める六番打者だった。
 あの日。あの時。あんなことにならなければきっと、こんな気持ちになることはなかったはずだ。
 俺の代わりはいた。左翼手も六番打者もちゃんと代わりをやってくれる当時3年生の先輩がいた。悔しかった。
 だが今のチームはどうだろう。誰かが抜けて大丈夫だろうか。新入生は素人が多い。優秀な内野陣は補欠の有藤が何とかしてくれるだろうが、投手陣はどうにもならないはずだ。2人や1人で回すことはまず困難と見ていい。
 誰かがケガをすればたちまち崩壊する。そんな脆弱なチームが果たして地区大会を勝ち抜けるのだろうか。
 不安は尽きないが、期待を持てるチームでもある。俺はキャプテンとして注意深くみんなを見守ろう。無理をしていないか、ケガを隠していないか。チームをよく観察して彼らを率いるのがキャプテンの仕事なのだ。
 俺は決意を新たにしつつ、夕食の時間を待つのであった。

 5月。春の終わり頃。
 俺のどうでもいい予感はなぜかピッタリと的中してしまった。
 ある日の朝のことだ。
 十河監督に電話で呼び出された俺は朝練前に職員室へと向かった。
 そこで待っていたのは非情な通告だった。
「三木と羽田が学校を辞めるらしい」
 監督は渋い顔をしていた。傍らには垣内コーチもいた。こちらも深刻そうな目をしていた。
 どういうことです。俺は監督に尋ねた。
 答えはこうだ。
「よくわからないが三木は酷い病気になったとかでやたらに咳き込んでいた。羽田のほうは父兄の方がちゃんといらして、退学のことを話してくださったよ。何でも家族が寺川に引っ越すらしく羽田自身も大阪豊国学園に転校するらしい」
「大阪豊国って強豪じゃないですか。もしかして羽田は……」
「皆まで言うな。怒ることもない。地区大会であいつを叩きのめしてやればいい話だ」
 俺のことをたしなめつつも監督は明らかに不機嫌そうだった。
 そりゃそうだ。せっかく育てた生徒を強豪校に引き抜かれてしまったのだ。気分が良いわけがない。
 俺としてはショックだった。一緒にやってきたチームメイトに裏切られて悔しかった。
「過ぎたことだ。これからのことを考えよう。そうだろう栗林。それで三木の件なんだがな」
「三木は病気で死ぬんでしたっけ……?」
「死にそうな奴が家から電話なんかかけてくるものか! 病人は病院にいるものだ! もう先が長くないような病気ならまだしも、昨日までピンピンしてた奴がそうそうすぐに死にそうになるものか! うちの親父は頑張って闘病してたわ!」
「どういうことです、監督?」
「仮病に決まっとるだろうが! おい栗林、試合に出られないお前は別に練習する必要もないんだから、ちょいちょいと三木の家に行って適当にあいつを殴ってから俺のところまで連れてこい!」
 相変わらず身も蓋もないことを仰る方だった。しかし正論ではあった。
 十河監督も悪鬼羅刹の類ではないので、三木にもおそらく何か悩みがあるだろうから少しは考える時間をやろうということになり、その日の練習が終わってからチームの何人かで三木の家に行くことになった。
 その日の夜。俺は有藤と川口を誘って、市内西部のとあるマンションへと向かった。
 堀江メゾンと呼ばれる11階建ての賃貸マンション。三木はそこに1人で住んでいた。彼の実家は奈良にあるらしく、いわば単身赴任状態だった。
 オシャレなインテリアの店があったり、外国人が軒先に座っていたり、綺麗なお姉さんが歩いていたり。色んな不思議に満ちた街に立っているマンションなのだからさぞや趣のある建物なのだろうと思いきや、意外にも内装はボロボロでどことなく寂しい建物だった。
 古臭いエレベーターに乗り込んだ俺たちは、いよいよ目にすることになる三木の家に内心ワクワクしていた。
 監督から地図を預かっていた川口が8階のボタンを押した。反応したエレベーターが上へ引っ張られていく。
「あいつは806号室だってさ」
 地図に目をやる川口。彼の先導のもと、俺たちはついに三木の家までたどり着いたのだった。806。三木。鉄製のドアの横には確かにそう書かれた標識があった。
 家の前まで来たはいいが、インターフォンを鳴らしても肝心の三木は出てこなかった。ドンドンとドアを叩いても全く反応がなかった。
「おい三木! いるならとっとと耳をそろえて返すもん返してもらおうか!」
「やめなよ川口……三木の風評が悪くなっちゃうよ!」
 面白半分にふざけてみた川口を有藤はたしなめた。あまり質の良い冗談でないのは確かだった。
 その後もドアノブをいじくり回したり、なぜか川口が持ってきていたヘアピンを使ってカギを開けようとしたり、いろいろやった覚えがある。
 有藤がお見舞いに持ってきた三木の大好きなお菓子の名前をひたすら連呼して、本人が出てくるまで待つ『天照大御神作戦』をやっていた頃、今思えば先ほどから近所迷惑極まりない恥ずかしいことだが、とにかく3人で「イモリコ」「イモリコ」「イモリコ」と騒いでいた頃のことだ。
 渦中の本人はエレベーターから現れた。
「なっ……やべっ」
 ビニール袋を両手に提げていた三木はくるりと反転してエレベーターへと舞い戻ろうとした。もちろん逃がすわけにはいかないので川口を先頭に俺たちもエレベーターに突っ込んだ。ついでに三木にタックルを喰らわせてやった。行き先の指示を受けていないエレベーターは扉を閉めて自動で1階へと向かう。
 狭いエレベーターの中で俺たちは三木の口の中にイモリコを4本ぐらい突っ込んでから、やっとこさ事の異常さに気付いた。
 三木がエロい。何と言うかどこかしらエロい。
「さすがは有藤だ……お菓子をわかってるじゃねえか……うんうん……」
 目をつぶってモグモグとイモリコを味わう三木だったが、俺たちは頭の中がよくわからないことでいっぱいだった。
 こいつは本当に三木なのか。何かが違う。いつもの制服やユニフォームじゃなくてジャージを着ているから別人のように見えるのか。いやそんなもんじゃないはずだ。何かがおかしいんだ。
「おいキャプテン、それに有藤! こいつ何か変だぞ!」
「それはわかってるんだ川口。だが何がどうおかしいのかさっぱり……」
「うーん……見た目は変わってないんだけど何かおかしいよね……?」
 俺たち3人は顔を合わせて話し合った。そんな俺たちを見てか、ようやくイモリコを食べ終えた三木は深い深いため息をついた。
 エレベーターが1階に着くと、三木はすかさず8階のボタンを押した。
 そして喋った。
「つまりはこういうことだよ」
「うわっ声が高い!」
「誰だお前! 三木じゃねえならイモリコを返せ!」
 ただただビックリしていた有藤とファイティングポーズをとった川口。俺はどうだったかと言えば、やはり驚いていた。
 いったい何が起きたのか。さっぱりわからないので俺たちは説明を求めた。ついでに部屋の中に入れてもらってお茶を求めた。
 三木の家は男子高校生の部屋らしく汚いものだった。玄関に放置された教科書とプリントの山は他人を迎える気が全くないとしか思えない散らかりっぷりだった。おそらく勉強する気も全くなかったのだろう。
 短い廊下を進んで居間のほうに入らせてもらうと、こちらもまた酷い有様だった。洗濯物とお菓子がひたすらに散乱していた。座る場所は無いこともないのだがやはり臭い。汚い。耐えられなかった。
「ちょっとは掃除しろよ! この部屋臭いぞ!」
 俺はついつい怒鳴ってしまった。
 ところがその時、有藤や川口、そして三木までも微妙な顔をしていた。
 理由はすぐにわかった。
「キャプテンの体臭のほうがキツいのにね……」
「おい有藤。そういうことは言うもんじゃないんだよ。心にしまっとくもんだ」
 酷い言われようだった。お前らそのうちパイプ椅子で殴るからな。
「そんなどうでもいいことより……俺に聞きたいんじゃないのか! そのためにここまで来たんだろ、お前らは!」
 まさか三木が助け舟をくれるとは思わなかったが、とにかく俺たちはいろいろ忘れて彼の話に耳を集中させることにした。
 三木はもらったイモリコを口にしつつ、事の真相を語ってくれた。
「つまり今日の朝、目が覚めたらあそこのあれが無くなってたんだ。もうパニックになって部屋を散らかしまくった……学校には行きたくないし、もし病気でもこんなこと知られるのは恥ずかしいから学校辞めて家に引きこもろうと思ってな。勝手に行かなくなったら学校も調べに来るかもしれないから、退学することにしてな。そのはずがわざわざ家まで来やがって……」
 この時、三木は嫌がりつつもちょっと嬉しそうな顔をしていた。きっと心細かったのだろう。
 ただパニックになって部屋を散らかしたというのは多分嘘だ。玄関に教科書とカバンを置いているようなズボラな人間が部屋をまともに掃除しているとは思えない。
 一通り三木の話を聞いたところで川口が口を開いた。
「それでどうしてそんなことが起きたんだよ、三木」
「理由が全くわからないから……困ってんだろ」
「だったら病院に行けばいいじゃん。パッパと治してくれるんじゃねえの?」
「ううん……国民健康保険証を実家に忘れてきたから無保険になっちまうかな」
「いやいや。それこそ親御さんに相談すれば良い話だろ?」
「それだけは嫌なんだ! だからこうして家で治るまで待ってようって……今思えば退学しなくても良かったかな……?」
 喋っているうちにだんだん冷静になっていく三木。声の高さと雰囲気以外はいつもの彼と変わりないようだ。
 だが彼のその病は家で休むだけで治るものなのだろうか。これは今でも謎なところだ。
 そもそも「朝目覚めたら女の子になっていた」なんて漫画の中でしか出てこないような突飛な話だ。そんなこと普通はありえない。普通でない何かが起きたに違いない。
 例えば……カレー拳法とか。
 ところがカレー拳法には人間に対して使えないという欠点があったりする。いったい全体どういうことなのか。何が起きてしまっているのか。真相は闇のままだ。
 その日は十河監督の言いつけどおり三木を殴って話を終わらせようとしたのだが、有藤が止めたので仕方なくやめてやった。
「とりあえず今日は帰るけど、早めに監督のところに行ってくれよ」
「わかってるよ栗林……あっイモリコありがとうな、有藤」
 三木はイモリコの空箱を軽く掲げた。
 三木と有藤は仲が良い。お互いの家に遊びに行くようなことはなかったようだが練習の時はいつも一緒にいる。有藤は他の三羽烏たちとも仲が良く、彼らが喧嘩騒ぎを起こせばいつもいつも止める側に入っていた。いつもながら御苦労な男である。この日も練習で疲れていたはずなのにわざわざついてきてくれていた。
 そんな苦労人な彼には密かな野望があったらしく、玄関ドアを開けてまさに俺たちが帰ろうとしたところで、有藤は予想だにしない台詞を口にした。
「ねえ三木。病気のところ悪いんだけど良ければ僕に稽古をつけてくれないかな。実は羽田がうちを抜けちゃってさ……」
「え……羽田がどうかしたのか?」
「まあそれは良いんだけど……僕には前から目標があってね! 投手に転向しようと思ってたんだ!」
 有藤は力強く宣言した。俺や川口、そして三木までもがその語気に押されていた。
 ピッチャーになりたい。
 有藤はムードメーカーだ。そういう意味でチームには欠かせない人員だが、同時に内野手の補欠でもある。決してセンスが無いわけではないのだが他の優秀な内野手たちに比べるとどうしても劣ってしまう。
 それゆえ今まで一度も試合に出たことがなく、有藤としては情けない自分を変えたいと思っていたらしい。
 そんな親友の願いを三木が断るはずがない。いつもワガママで自分勝手な三木だが有藤にだけはかなり甘いのだ。
「明日からみっちり教えてやるから覚悟していろよな!」
 三木はビシッと親指を立てていた。本当にこいつは有藤にだけ優しい奴だ。
 そんなこんなで俺たちは長い1日を終えて帰路に就いた。
 次の日には三木がいつもの姿でちゃんと登校していて、マスクを着けて咳き込むフリをしつつ、それで声の高さをごましていた。顔には大きな青タンがあったのでおそらく十河監督に殴られたのだろう。あの方は本当に容赦ない。

 あれから3週間経った。
 ちょっとずつ暑くなってきた5月下旬の日曜日。
 俺がこうして木陰からチームメイトの練習を眺めている、今現在。
「嫌だよ、絶対に嫌だよ!」
「何でだよ有藤! 一緒に柔軟しようぜ!」
「だってほら、何かダメな感じがする!」
「恥ずかしいなら俺の『暗示の皿《トレードディッシュ》』で周りの空気に幻影でも張ってやるから! ほらほら!」
 逃げる有藤を追いかけるポロシャツにスカートの女の子。
 三木七海はそれはそれは綺麗なお人になりつつあります。元から小柄だったこともあり全部のバランスがよろしく、身体の発育はマネージャーと比べてもそれほど遜色ないぐらいでございまして、髪もただ切っていないだけというわりには綺麗に肩まで伸びております。炎天下のグラウンドで日々鍛錬されているはずなのに日焼けしないすべすべお肌。前からそれなりに整っておられた顔つきはより美しく変わりつつあります。まるでそういう風にならざるをえないかのようなお姿。なのに中身はいつものワガママ野郎。
 いったいお前は誰だよと言いたくなるその姿を見て、親友の有藤はかなり困惑しているらしく、たまにああやって逃げ回っている。三木もちゃんとそのへんの事情をわかった上で追いかけているから質が悪い。
 当初こそチームメイトには隠していた三木七海の『奇病』だが、こうも変わりつつあると隠しようがないので一応いろいろと言ってある。三木の性格を良く知る2年生たちは苦い顔しかしなかったが、新しく入ってきたばかりの1年生たちは違う。元があの小男だとわかっているはずなのに、ついつい三木の前だと頑張ってしまうようだ。そういう様子は見ていて面白い。
 もっともチームの情勢はその真逆で非常に面白くない。何せ羽田が抜けてしまって、三木が使い物にならなくなってしまったのだ。三木は有藤を育てればノーカンなどとよく言っているがそう上手くいくはずがない。
 またチームに残っている三羽烏の1人、つまり烏丸のことも心配だ。
 三羽烏は3人だからこそバランスがとれていた。
 先発投手の三木が鮮やかな投球術と『暗示の皿《トレードディッシュ》』で相手を翻弄すれば、中継ぎ投手の羽田は持ち前の速球で調子を取り戻しつつある相手をまたまた打ち崩し、最後に抑え投手の烏丸が『鍋の熱き常温《オペレーションレンジアップ》』の火の球ストレートで最終回を抑えきる。まさに黄金の投手リレーだった。
 ところが烏丸1人になってしまうとこうはいかない。あのヒョロヒョロな身体に9回を投げ切るようなスタミナはない。それは本人も認めている。
「ハッハッハ、1年生はこうやって下働きするものだからねえ! どんどん頑張ってくれたまえっ!」
 自分に9回を抑える体力がないと認めた上で、烏丸は調子に乗っていらっしゃる。
 この僕がいなくなったら千大晴久は終わりだよとは彼の弁である。
 烏丸の指示を受けてせっせと荷物運びに精を出す1年生たち。その中には例のカレー拳法使い候補生・秋口くんもいる。烏丸も野球部全体の役に立つようなことを命令してくれればいいものを、移動式の卓球台をグラウンドに並べて大きな迷路を造ったところでいったい誰が得をするんだ。そもそも練習の邪魔だ。
 本来はキャプテンの俺がやめさせるように言ってもいいところなのだが、今日のところはやめておいた。烏丸の後ろに忍び寄るスカートを履いた栗毛の女の子。名前は三木七海。
 十河監督は使えるものは使う主義だ。右目の視力を失って試合に出られなくなった俺をキャプテンにしたように、選手ではいられなくなった三木も新たな役目を与えられていた。副主将。まさかの部内次席である。
「おい烏丸、また俺の悲しい映像を見せられたいのか?」
「おやおや三木ちゃん。そんなことして僕が辞めちゃったらどうするのさ」
「もっと酷い映像を見せる」
「そんなことより三木ちゃんにはふくらはぎとか二の腕とか揉ませてもらおうかなあ。だって僕が辞めたらぎゃあああああああああああああ!!」
「ほら新入生たち、散れ散れ! 外周でもしてこい!」
 パイプ椅子から転げ落ちて悶絶している烏丸の姿はやはり見れたものではなかった。それにしてもいったい何を見せられているのだろう。
 解放された新入生たちは三木の指示を受けてそそくさと外周の旅を始めていた。ほぼ強制的に入れただけあってやる気のなかった新入生たちだが今の三木の言うことは素直に聞いてくれる。美男美女は人生の勝者とよく言われるが本当にその通りかもしれない。三木が使えなくなったのは非常に痛いが薬になる部分もあったようだ。
 ふるふると震えて涙を流している烏丸から愛用のパイプ椅子を取り戻した百武が、今度は俺のいる木陰に近づいてきた。あいつも椅子に座ってゆっくりしたいのだろうか。わかるぞその気持ち。木陰の風はすごく良いものだからね。
「なあキャプテン、どうして羽田は大阪豊国に行っちまったんだ?」
 存外に真面目な話だったようだ。
 俺も気持ちを切り替えて答えよう。
「そうだな。家族と共に引っ越せば高校野球の規約上も転校は認められるからな。逆に言えば家族ごと引っ越すだけの資金を大阪豊国学園は羽田に渡したわけだ。転校の理由だっておそらく金がらみだと思うぞ」
「うーん……俺はそう思わないんだよな……」
 百武は持ってきたパイプ椅子を木陰に据えた。ちょうど俺の座るベンチの真横だ。そんなもの使わずにベンチに座ればいいものを。百武には何かこだわりでもあるのだろうか。
 パイプ椅子に腰を乗せて、百武は腕を組んだ。
「あいつはそんな奴じゃなかったはずなんだ。あの日の前だってちゃんと練習してたし……帰りに帝政京橋屋で一緒に喰ったんだよ」
「へえ。あの餃子で有名なあそこでか。それは初耳だな」
「それであの時……あいつは言ったんだ。明日も一緒に来ようぜって」
「2日連続で中華はつらくないか?」
「それは俺も思った……」
 なるほど。百武の言いたいことはわかった。
 次の日に学校を辞めると決めている奴がわざわざ明日の予定を組むだろうか。もしかして転校は急な話だったんじゃないか。
 大阪豊国学園はいろいろと黒い噂のある学校だ。
 豊国の生徒たちは常に監視を受けながら生活していると言われている。特にスポーツ科の生徒は寮生活を強制されており、よほどのことが無い限り外出は許されず、全く身動きがとれなくなるらしい。一般の生徒ですら近所のコンビニに監視の先生がついていて、ちょっとでも買い食いしようものならたちまち鉄拳制裁を喰らうとか何とか。とにかく閉鎖的な学校なのだ。
 それゆえその中身がいまいち見えてこないのだが、近年各種スポーツでめざましい成果を挙げていることから、優秀な生徒の買収に力を入れていると言われている。
 もちろん対立関係にある教育関係者からの心無いバッシングが流布されているのかもしれない。しかしそうではないかもしれない。
 ふと横に目をやると百武はリラックスした様子でぐっすりと眠っていた。
「いやいや練習しろよ」
「ええ……うーん。ああもう。そう言うなってキャプテン。真面目な百武さんは朝からずっと打って走って守ってしてたんだから、少しは休ませてくれって……」
 全く。地区大会まであと1ヶ月だってのに緊張感のない奴だ。朝から練習してるってまだ9時じゃないか。
 そう言う俺もしばらく休んでしまっていたような気がする。いくら試合に出ることが無いからって練習だけは欠かさないようにしているのに、これではキャプテンの面目が崩されてしまう。何とかしなければ。
「百武、新入生に混じって外周とかどうだ?」
「俺は大学併設校で外周は鬼だと思うな」
 まあ確かにそうではあるが他の連中が守備練習に入ってしまっているこの現状を見れば、今のところグラウンドの練習に俺の入る余地はない。かといって百武の言うように外周はつらい……。
 投手志望の有藤はキャッチャーの米原と一緒にキャッチボールをしている。三木はそんな有藤の傍らでいろいろとアドバイスをしている。百武はぐっすりと休憩中だ。烏丸もぐっすりと気絶してらっしゃる。
 こいつらに混じるのは正直嫌だな。諦めて外周に挑戦するか。
 俺がベンチから立ち上がると、隣のパイプ椅子に座っていた百武も立ち上がった。
「おっ百武も来てくれるのか?」
 百武は何も言わずに俺のいたベンチへと向かい、横になって気持ちよさそうに眠り始めた。どうやら俺は邪魔だったらしい。地面に落としてやろうかこの野郎。
 仕方なく1人で走り始める。
 するとどうだろう。三木がこっちに近づいてきた。
「おいおい有藤の応援は良いのか?」
「アドバイスだよアドバイス! そろそろ言うことが無くなってきたっていうか、お前が1人になるのを待ってたんだよ」
 キョトンとしている俺に対して、三木はわざとらしいため息をついた。ポロシャツの半袖からチラリと見える二の腕がやわらかそうだ。
 どうも三木には俺と2人きりで話したいことがあるらしい。ついこの間までペタンコだった胸板もここ1週間ほどでずいぶん成長したように見える。サイズはそれなりだがやわらかそうだ。
 俺と2人きりで話したいこと。いったい何だろう。羽田のこと、三木の『奇病』のこと、夏の地区大会対策……いろいろ考えられる。それにしても、以前と比べて三木は身体全体の線がやわらかくなってきている気がする。それは服の上からでも十分わかる。このままいけばおそらくは……。
「てめえさっきからいちいち他人の身体をチラ見してんじゃねえ!」
「ああ……すまんすまん。悪かったな三木。それで何か話したいことでもあるんだっけか?」
 三木は「ああ」と頷いた。
 グラウンドの辺縁をゆっくりと散歩する。
 ポプラの木がところどころ影を作ってくれる。フェンス越しに吹く風は初夏の朝にはちょうどいいぐらいの涼しさを包んでいた。
 三木の栗毛が風に揺れる。肩まで伸びた髪が彼の首のあたりをふらふらと浮いている。きっと坊主刈りに慣れた俺には理解できない感触が彼の身体を襲っているのだろう。そしてそのたびにおそらくは苦しいのだろう。三木は歯を食いしばっていた。俺が右目の光を失った時もそうだった。何をするにもいちいち喪失感を感じたものだ。
 さっきはじろじろ見て悪かったな。
 俺はその言葉をあえて口にしなかった。なぜなら三木は元に戻ることができるかもしれないからだ。俺の勘が正しければこいつをこんな姿に変えたのは間違いなくカレー拳法だ。そうとしか考えられない。ある日突然女の子になっていたなんてことは絶対に有り得ない。
 前々から確かめたいことがあった。だが時期が悪かった。それも今なら十分に可能だ。今ならちゃんと確かめることができる。
 出来ることなら今日の夜にでもカレー屋に誘って確かめたいと思っていた。しかし上手いこと2人きりになるチャンスが出てきた。あとは三木の話を聞いてやるだけだ。その後、やってみようじゃないか。
「なあ栗林、俺はいったいどうなっちまうんだろうな?」
「そうだなあ。残酷だけどこれからもどんどん女の子らしくなっていくと思うぞ。今までの変化を考えるに急に止まることはないだろ」
「キャプテンがそう言うならそうかもしれないけど、もしそうなった時、俺は俺でいられるのか……? そのうちどんどん慣れていっちゃうんじゃないか?」
 慣れることは恐ろしいことだ。
 とんでもなく革新的な商品が出たところで普及すれば普通のことになっていくように、いつの間にか生活の中に取り込まれているようで、実は俺たち自身がその商品に取り込まれている。例えば携帯電話。以前は気にすることがそもそも無かったはずのに、持ち始めてからは必需品になってしまった。
 右目が見えなくなった俺は、そのことに慣れてしまっている。つまり以前の俺とは少し違う自分になっているはずだ。
 三木は恐れているんだ。日々変わっていく身体に慣れてしまっている自分を恐れている。許せないでいる。
 ある日、ふと気付くと右目が見えるようになっていた。そんな夢を俺は何度も見ている。だが右目が見えるようになったという設定で進む物語なのに、俺の視野は狭いままだ。それなのに夢の中の俺は喜んでいる。治ったという設定だけで喜んでいる。有り得ないことが起きたというそのこと自体に喜んでしまっている。そんな中途半端な夢を見ている俺は、すでに右目が見えないという事実を心の底から受け入れてしまっているのだろう。
 三木はうつむいていた。その姿は憂愁を帯びていた。
「なあ聞いてくれよ栗林……最近有藤の目が怖いんだよ。前とは全然違う……あれはまた別の……」
「気のせいなんじゃないの?」
「うわあっ!?」
 いきなり第三者の声が聞こえてビックリしてしまった。
 グラウンドの端にある体育倉庫の前でぺちゃくちゃ喋っていた俺たちの前に現れたのは、我が千大晴久野球部に所属する唯一のマネージャー・船坂宏美だった。
 紺色の体操服と腰に巻いたジャージがいかにも「作業してます」といった具合の女の子だ。ちなみに俺と同じ2年生で去年からの戦友でもある。長い黒髪を1つにしばっているため一部の部員からは馬のしっぽなどと呼ばれている。発案者は川口で、ポニーテールを直訳しただけの情けないあだ名だ。
 船坂はかつて新人エースとして調子に乗っていた頃の三木から執拗なセクハラを受けた経験があり、それゆえか三木に対して大変厳しいところがある。こればかりは自業自得だ。
 そういう経緯もあって、現在こんなやわらかそうな身体になってしまった三木は、基本的に彼女に頭が上がらない。
「あー船坂さんどうもッス……」
「三木ちゃん、ちゃんと私の目を見て挨拶してくれる?」
「うう……」
 あのワガママな三木がこれだけ委縮しているのだから、見ているぶんには面白い。
 そうだ。船坂ならちょうどいいかもしれない。
 俺のやりたかった実験は失敗すると大変悲しい出来事になってしまう厳しいタイプのものだった。ところが彼女にやってもらえばあっさりとクリアできる。失敗しても三木は何の文句も言えまい。
 素晴らしい条件だ。さっそくやってもらおう。
「どうしたのキャプテン。何か言いたげな顔してるけど」
「船坂、三木の胸まわりを思いっきり揉んでやってくれないか?」
「こいつの乳? 別にいいけど……」
 まるで気が乗らないような台詞を吐いているが実際の船坂はとても嬉しそうな顔をしている。
 一方の三木は固まっていた。まさか俺がそんなことを言うとは思っていなかったのだろう。申し訳ないとは思うがこれは実験だ。観念してもらいたい。それにもしかすると船坂は「何もできない」かもしれない。
 三木は何も言わずに逃げ出したが、そこは元陸上部の船坂である。あっという間に捕まえてしまった。
「おい栗林、てめえ何を!」
「こら! キャプテンにそんな口聞かないの!」
 顔を赤くして必死に逃げようとする三木。しかし身体のサイズは船坂のほうが上である。ちょっと前までは同じくらいの背丈だったのだが『奇病』にかかって以来、元々小柄だった三木の身体は幾分か小さくなってしまっており、身長もまたしかりだった。
 俺はかねてから、今の三木の身体は『暗示の皿《トレードディッシュ》』が生み出したホログラムではないかとにらんでいた。カレー拳法は人体に対して使用することが禁じられているが、身体の周りの空気に偽装をかけることは可能なはずだ。
 つまり三木は彼の生み出したホログラムに包まれているのではないか。そういう可能性があるわけだ。
 そこで彼の身体をいろいろと触ってみようと考えたのだ。ホログラムは実体を持たない。ホログラムの向こうにはかならず男の三木がいる。サイズの大小は空気を歪ませれば気にせずに済むはずだ。そもそもカレー拳法に常識は通用しない。
 もちろんあの動揺っぷりや苦悶の表情から考えて、三木も自ら望んで偽装をかけたわけではないだろう。単純でワガママで我慢が嫌いで子供っぽい三木に演技などとうてい無理な話だ。
 おそらく睡眠中、ごく無意識に『暗示の皿《トレードディッシュ》』を発動させてしまったのだろう。『暗示の皿《トレードディッシュ》』は彼の身体をホログラムで包み込み、本人はそれに気付かず「自分は女の子になった」と思い込んでしまったのだ。そして現在に至る……と。
 全ては俺の予想だ。もしかしたら間違っているかもしれない。だからこそ確かめるための実験が必要なのだ。俺の予想が当たっていれば三木はここ3週間の苦悩から解放されて、いつもの偉そうなチビ助に戻ることができる。千大晴久のエースは復活できるのだ。
「さあ船坂、ちょいちょいとやってくれ!」
「任せてキャプテン……こういう仕事は嫌いじゃないよ!」
 船坂は嬉しそうに笑っていた。ユニフォームの洗濯からスポーツドリンクの大量生産、十河監督の肩もみまでいろいろな雑用を押し付けられている彼女には何度もお世話になってきた。これでストレスを発散できるのならこっちとしても本望だ。
 ちなみに船坂は文句なしの美少女だ。今どきこれほどまでその言葉が似合う人間もいないだろう。ばっちりした目と小さくふくらんだ口まわり、男の俺から見てもわかるレベルの見事すぎるプロポーション。絶妙な身体の大きさ。静かに浮いた鎖骨と首まわりの艶やかさ、1つくくりにしばった髪とそのうなじ。その派手さとしなやかさは完全に別世界の人間のそれだ。大昔の漫画で描かれるような人気者がそろう野球部ならともかく、ふざけた人間の多いこの千大晴久の野球部で小間使いのまねごとをしている彼女はあまりにも不憫に見える。もっと活躍できる場がありそうなものをどうしてこんなところで働いているのか。不思議だ。
 垣内コーチが自らヘッドハンティングしたというのもわからなくはない。今の可愛らしい三木七海は1年生たちにとって十分な発奮剤となっているようだが、船坂の効果はそれ以上だ。秋口くん以外の1年生はみんな「可愛い後輩」を装って船坂に近づいた。彼女が天性の野球好きだと知ると必死でトレーニングに励むようになった。その様子は去年の俺たちとまんま同じだった。正直あの頃のことはあまり思い出したくない。
 そんな船坂宏美とそれなりに可愛らしくなってきた三木がこう……視覚的に混ざり合うというのはなかなか良いものだと思う。だが俺にはそれを見る資格はない。もしこのまま彼女らの交錯を見てしまえば、俺はキャプテンの権限を利用してマネージャーと女子部員にひどいことを強要した最低の男になってしまう。幸い、俺には左目しかない。こっちの目さえ両手で塞いでしまえば大丈夫なはずだ。
「何でこんな時に両手がこわばってしまうかな!」
「ど……どうしたのキャプテン?」
「いや大丈夫だ。さっさと終わらせてくれ船坂、俺は後ろを向く!」
 そうだ後ろを向けばいいんだ。俺の視界はそんなに広くない。さあ後ろを向こう。
 意を決した俺は身を反転させた。
 待つ。
 後ろからは船坂の「へっへっへ……去年はよく同じことしてくれたもんよねえ」「こういう機会が巡ってくるとは思わなかったわ……」などという声が聞こえてくる一方で、歯を食いしばっているのか三木は全くの無言だった。
 ちょっと気になったので振り返ってみると、三木はよだれを垂らして気絶していた。よっぽど嫌だったらしい。
 そして船坂は、彼の胸元に手をすべり込ませていた。
「これはなかなか……! って去年はよく言ってくれたわよねえ。ガキのくせに無駄に盛るからこういうしっぺ返しを喰らうんだって、わかっておけばよかったものを……」
「おい船坂。もう気絶してるからそれぐらいにしてやれ」
「キャプテンのご命令とあらばそうさせていただきましょう」
「あと目の毒だから三木の身だしなみを整えてやって」
「えっこんなガキくさい奴でも目の毒になるの!?」
 そりゃまあ仕方ないじゃないか。いくらなんでもポロシャツのボタンが全部外されっぱなしでは色々と見てしまうものは見てしまう。
 何はともあれ実験は成功した。
 結果、今の三木が間違いなく完全に女の子と化していたことが証明された。身体を包み込むホログラムは存在せず、肉体そのものが確実に変化していた。
 いったいどうしてそんなことが起きたのか、俺にはわからない。だが治癒の道が遠のいたのは確かだ。
 もしかすると一生あのままかもしれない。ひょっとするともっと女の子らしくなってしまうかもしれない。身体の作りも、精神も。
 悲しいことだが、目先の希望は消えた。
「おい栗林……てめえ何の恨みがあってこんなこと! あやまれよ!」
 愛らしい罵声。
 船坂の介抱を受けていた三木は、彼女の手を振りほどいて立ち上がった。
 山風がグラウンドを通り過ぎる。
 汗で湿ったシャツが風を受けて俺の身体を冷やしていく。
 そして三木の栗毛をふさふさと揺らしていく。
 肩まで伸びた彼の髪が押し流されるように吹かれていく様子は、悲しかった。
「さっきは悪かったな三木。じろじろと身体を見てしまって」
「そっちじゃねえよ! 船坂を使って酷いことしただろ!」
「えげつないことって何だ。具体的に言ってくれ」
「船坂に俺の乳を揉ませてそれを見てハァハァしてたじゃねえか!」
「ちゃんと後ろ向いてたわ! だいたいお前気絶してただろ! まあ説明はしておくべきだし、謝るべきではあるわな。すまん三木。そんでもって俺の話を聞いてくれ。立ち話も何だから……ベンチでゆっくりとな」
 俺は三木を伴い、先ほど座っていた木陰のベンチまで歩いた。さっきまではグラウンドの辺縁部をぐるりと歩いてきたので、体育倉庫からベンチまで戻るとなるとちょうどグラウンドを1周した形になる。
 イチョウの木の下でぐっすりと眠っていた百武耕太をベンチから引きずり落とし、俺と三木は少し距離を置いてその場に座した。
 これくらいの距離があったほうがこちらとしても話しやすい。
「ひどい……キャプテンはいつもひどい……いつも百武さんをいじめる……」
「お前さっきから寝てばっかりだろ。ちゃんと練習してこいよ」
「キャプテンだってさっきから歩きまわってるだけじゃないか! 真面目な百武さんは昨日の夜に『オットーの野望』で西ヨーロッパ統一を成し遂げたばっかりで眠いんだ!」
 いったいそれのどこをどうとって真面目と言うんだ。
 邪魔だった百武を100円玉で追い払う。あれだけ文句を言っていたのにニッケル硬貨1枚でどこかに消えてくれるんだから単純な奴だ。俺は百武のこういうところが大好きだ。
 何はともあれ、俺は三木にさっきの実験について一通り説明した。
 今の三木の姿はホログラムなのではないか。三木が無意識のうちに作りだした幻想なのではないか。
 結果は言うまでもない。彼の肉体はまるで質の違う物に作りかえられていた。
「それくらい口で言えよ!」
「えっ?」
「わざわざ他人に触ってもらわなくても普通に自分自身で確かめられるだろ! 言ってくれたらそれくらい!」
 三木は自分の胸板をパンと叩いた。ちゃんとブラジャーを付けているらしく漫画のように揺れたりはしない。だが目の毒ではある。
 なるほどその手があったか。全く気がつかなかった。
「だいたい毎日風呂に入ってるのにそんなの有り得るもんか! 俺の作ったホログラムだっておやすみなさいしたらみんな消えちまうんだ、そもそもホログラムを維持するだけですぐに腹が減ってくるんだぞ! 第3領域のカロリーを使うから!」
 俺の知らないことが次々と飛び出してくる。
 ホログラムの仕様なんて知りようがなかったことだ。だが無知だったことは否めない。
 実験にしてもちょっと考えればわかることだったかもしれない。
 キャプテンなのに情けないこと極まりない。
 悔しさよりも申し訳なさが先行してくる。
 チームの心配をしている場合だったのか。チームを束ねる自分自身のことをちゃんと考えておくべきだった。カレー拳法の辞書だってポケット版じゃなくてちゃんと本物を買うべきだった。この手の分野に詳しい十河監督にいろいろと聞いてみるべきだった。
 木陰のベンチは涼しい。時には冷たく感じられるほどだ。
 上を見上げれば大いなるイチョウの木が特徴的な形を葉っぱをそよそよと揺らしていた。
「そういえばさっきいろいろやったからか腹が減ってきたな。もうちょっとしたら食堂までカツカレー食べに行こうぜ、栗林」
「なんか……ごめんな」
「いやいや落ち込むことは無いんだって。ただこれからはちゃんと口で言ってくれよ。栗林は1年の頃から頭の中で考えてばっかりだから、それじゃ川口たちみんなを束ねられないだろ。俺もこんな身体になったからには副主将としてカバーする気ではあるけどもさ」
 まさか三木に慰められる日が来るとは思わなかった。
 いやこれは慰められているというより叱咤されているのか。
「それにな。心配してもらってたのはちょっと嬉しいんだぜ。逆に俺のことでかかりきりだったとしたらキャプテンの仕事に悪いことしたなあとも思う。だからこれからは逐次報告と意見交換をちゃんとやっていこうぜ、何てったって野球部のナンバーワンとナンバーツーなんだぜ、俺たちが!」
 三木は笑っていた。子供っぽい混じりけのない微笑みだった。
 どことなく語気にも勢いがあるように思えた。まるで親友の有藤に対して喋っているかのようだ。
 俺の言動や行動のうちに三木の機嫌を良くするようなものがあったのだろうか。どちらかというと殴られてもおかしくないような悪行を重ねてしまった気がする。
 しかしニコニコと笑っている三木というのも逆に気味が悪い。
「そうだ。まだ有藤にしか言ってなかったんだけど栗林にも教えてやるよ。そもそも教えてなかったから変な実験とかになっちゃったわけだしな。これ以上心配かけたくないってのもあるかな」
「どういうことだ?」
「俺の身体がこんなんになったのは、カレー拳法のせいなんだ。お前の実験もそこは合ってたんだ。でも違ったところがあるんだよ」
「違ったところとは何なんだ」
「簡単に言ってしまえば、禁忌を犯したからこうなった……ってところかな」
 三木は相変わらず笑っていたがその顔には少しだけ曇りが見えた。
 カレー拳法における禁忌を犯すとは、発動させた拳法技を人間に対して使用したことを意味する。
 拳法技を受けた人間はたいてい死んでしまうと言われている。それゆえ禁忌なのだ。
 その禁忌を犯した。そのために三木はこんな姿になってしまった。
 どういうことだ。
「もっと詳しく説明してくれるか……?」
「別にかまわないぞ。俺は自分に向けてカレー拳法を使ったんだ。禁忌で人が死ぬのは『2種類のカレーが混ざってしまうと味が全く違うものになってしまう』のと同じ原理だそうじゃないか。だったら自分の拳法技を自分にぶつけるのには問題がないはずだろ。ところがな、十河監督の話によると違うらしいんだよ。第3領域は冷凍庫のようなもので、あそこで保存されたカロリーは俺自身のカロリーとは質が異なるんだってさ。冷凍されたカレーの味は落ちる。監督からはそう言われたよ」
「なるほど……でもどうしてそんなことをしたんだ?」
「そんなことって何のことかな、栗林君」
「とぼけなくても良いだろ。理由だよ理由」
「自分に拳法技を使った理由か。あんまり言いたくないけど……仕方ないな」
 お尻の左右に両手を置いて、ベンチから両足をぶらぶらさせていた三木だったが、こちらに顔を向けるなり一転して真面目そうな顔つきになった。心なしかほっぺたを赤くしてらっしゃる。
 三木七海は語る。
「姉さんになりたかったんだ。姉さん。睦美姉さん。別に女になりたかったわけではなくて姉さんになってみたかった。自由気ままな姉さんになっていろいろとやりたいことがあったんだよ。奈良のカレー屋『カナディアン・ミッキー』で家業のお手伝いしたり、お皿を割ってなくなく弁償したり、夜遊びして婆ちゃんに怒られたり、久々に興福寺にある仏さんの頭を見るのもいいかなってな。それだけだよ」
 それで自分を偽装しようと思ったのか。拳法技を使って。
「ところがどっこい拳法技と自分が混ざってしまって、偽装するはずだったのに本当に姉さんみたいな身体になっちまった。栗林は知らないだろうけど、今の俺は姉さんが中学生だった頃にそっくりなんだ。いずれ今の姉さんと化してしまうのか、年齢に合わせて高校の時の姉さんっぽくなっちまうのかはわからないけどな。ただ耳のあたりとかは前の俺とそれほど変わらないんだ。姉さんはちょっと福耳だからなあ。これもいずれ変わってしまうのか、はたまたカレーが混ざったのと同じく俺と姉さんが混ざったような耳になるのか、まだまだ神のみぞ知るところだよ」
 三木はどちらにしろ変わってしまうのは確かだと考えているのか。
 悲壮だ。これから先、三木は三木でいられなくなるわけだ。そのことで三木は悩んでいた。
 どうにかならないのか。元に戻す方法はもうないのか。
「ちなみに十河監督に聞いてみたんだけどな、俺が生きてるのは奇跡なんだってさ。普通は自分の拳法技でも死んじゃうらしい。最悪でも重い病気が残るとか。どうして俺が生きているのかはわからないけど……これもカレー拳法使いの宿命なんだろうな」
「そんなわけあるか。カレー拳法は元をたどればインド発祥の調理技術だ。美味しいカレーを作るための調理法が人を不幸にするはずないだろ!」
「おいおい栗林。ホログラムを作るようなもんに調理もへったくれもないって。『暗示の皿《トレードディッシュ》』はブリテン流だ。インド系イギリス人のわがままな姉弟が作り出したクズみたいな技術だぜ。ポケット拳法見てみろよ」
「前に読んだことがあるよ。でもだな……」
「いいよいいよ。気にするなって。いやでも……本当にありがとうな!」
 ガッシリと抱きつかれてしまった。
 相手は三木とそのお姉さんが混ざった女の子ってわけか。そう考えると無性に嬉しい気持ちでいっぱいになる。
 いや違う。相手は三木七海だ。三羽烏の先発投手。
「やっぱり栗林は体格が良いよな。胸板の筋肉で抱擁されている気分だ。あと体臭がきつい」
「今の三木に言われると本気でつらいから……やめてくれよ」
「えっもしかして俺も臭いの?」
「だから『俺も』とか言うなって!」
 羽田や川口あたりに体臭のことを言われても所詮は「お互い様」だからそれほど気にならないのだが、さすがに今の三木に言われると精神的につらいものがある。
 そのあたりは三木もわかってやっているようだ。口に手を当ててイタズラっぽく笑っている。以前は軽い怒りすら覚えたこの仕草も今の三木がやると若干愛らしく見えるから不思議だ。やはり美男美女はひたすら得をするものなのか。
 俺だってもう少し格好良かったらなあ。
「チームメイトを100円で追い出しておいて、自分は女の子と抱き合っているとは……キャプテンも節操ないですなあ!」
「うおっ百武!?」
 会話に夢中で気がつかなかったがいつのまにか百武が帰ってきていた。
 ベンチの隣に放置されていた愛用のパイプ椅子に座っている野球少年のユニフォームは、ところどころ土色になっていた。ちゃんと練習してきたのか。えらい短時間だったが。
「もっとたくさんやってこいよ。ショートのお前は守備の要なんだから」
「褒めても無駄だキャプテン。バイトを雇うのにも1時間で800円はいるんだぜ。100円では7分がせいぜいだ!」
「田舎のホテルとかにあるコイン投入式のテレビは100円で30分ぐらい使えるはずだ」
「俺はテレビじゃねえ!」
 キリキリ怒鳴る百武耕太。
 どうやら追加のお金が必要らしい。
 個人的にはもう話は終わったのでわざわざここにいる必要はない。
 それにいつまでも練習しろとばかり言ってられない。俺だって練習しないと。試合に出られないからといってあぐらをかくのは間違っている。身体だけはちゃんと鍛えておきたい。脂肪たっぷりなデブ野郎の言うことを聞くチームなんて聞いたことがない。リーダーこそが鍛えるべきだ。監督にキャプテンを任された以上、頑張るしかないのだ。
「どうだ三木、有藤や米原あたりと外周道路を2周ほど」
「それはいいな。食堂でカレー喰ったあと腹ごなしに走ろうぜ」
 そういえば俺も腹が減ってきたところだ。今日はチキンカレーを堪能させてもらおうか。
 空腹感を募らせていたらしい三木は、グラウンドの真ん中でキャッチボールをしていた有藤と米原を引きつれて校舎のほうに走っていってしまった。
 彼らを追いかけようとした俺だったがユニフォームの裾を引っ張って邪魔する者がいた。
 百武ではない。百武は俺が席を立った瞬間にベンチを占領していて、現在すでに夢の中だ。
 俺を捕まえた男。ずいぶん前に『暗示の皿《トレードディッシュ》』のホログラム攻撃を受けてひたすら震えていた三羽烏の抑え投手。
 烏丸久太郎、その人だった。
 なるほど。さっき三木が気絶した時にこいつを苦しめていたホログラムが消滅したのか。だから元気になったわけだ。
「僕はずっと見てたよ。まあ仲良く抱き合ったりしちゃってねえ。ベンチで2人仲良くおしゃべりってねえ。有藤じゃあるまいし栗林のくせに。それに船坂さんから聞かせてもらったよ。船坂さんを使っていろいろと三木ちゃんで遊んでたらしいじゃないか。僕は職権乱用だと思うなあ!」
 いろいろと言われてしまったがどれも事実なので全く反論できない。
 船坂に実験のことを説明していなかったのもまずかった。これでは悪いうわさが広まるばかりだ。そんなことになったら俺はキャプテンでいられなくなる。それだけは避けたい。
 俺は烏丸に100円玉を渡した。
 ニッコリと笑みを浮かべた烏丸はそのまま校舎のほうに消えていった。


 2 羽田蜂介と合宿

 少し遅れて食堂に到着すると、先に来ていた三木・有藤・米原の3人はすでに食券を購入済みだった。
 俺も食券を2枚ほど買った。よくある食券販売機から出てきたのは『チキンカレー:390円』『大盛り券:100円』などと印字された小さな紙片だ。これを調理場のおじちゃんに渡すことでやっとこさ昼御飯にありつくことができる。
 料理の受け渡しを行うカウンターのようなところで先行の3人は並んでいた。見たところ三木と有藤がべちゃくちゃと喋っているようだが、米原は自分の食券を眺めてボーッとしていた。
「どうしたんだ米原。メニューで悩むのは買う前に終わらせておけよ」
「そんな些細な事柄で悩むほど病んでない」
 つまんだ食券をひらひらと揺らす米原綱吉。彼の食券には『かけうどん:200円』の文字が刻まれていた。できるだけ安く済ませようという魂胆らしい。
 並んでいた列が前に動く。先頭の三木が商品を受け取ったようだ。続く有藤もおじちゃん特製のビーフカレーをトレイに載せた。
 有藤が何も言わずに指をさした。窓際の8人席を確保していたらしい。机いっぱいに展開される三木のカレーたち。基本のビーフからチキン、ポーク、マトン、ガラムマサラ、マサラフィッシュに至るまで、食堂のメニューにあるありとあらゆるカレーライスを買ってきたらしい。あの小さな身体のどこにあれほどの食べ物が入るのだろうか。よほど胃が大きいか、第3領域にカロリーを流し込んでいるか。おそらくは後者だ。
 米原と一緒に食券を出しておく。日曜日の食堂はそれほど混んでいないため、おじちゃんの表情にも余裕が見られる。
「へへへ。それにしても別嬪なマネージャーが増えたもんだな。良かったじゃねえか栗林。ありゃ大喰いだから嫁にもらう奴は大変だろうがなあ」
「おじちゃん。あれ三木だから」
「うっそだろお!?」
 米原が食べるはずだった『かけうどん:200円』を流し台の排水溝にぶちこんでしまったおじちゃん。もったいない。
 そういえば食堂に来たのは1週間ぶりだったか。ここ5日ほどで一気に様変わりしたからなあ、三木の奴。わからないのは当然かもしれない。
 おじちゃんは排水溝からうどんを引っ張りだしつつ、窓際の席でカレーを楽しむ少女の姿を見つめていた。
「薬でもやっとるんかあれ。あんなんを試合に出すのは難しくねえか?」
「いろいろ事情があったんだよ。あとおじちゃん、頼むからそのうどんを米原を出すなよ」
 拾ったうどんをどんぶりに入れて出汁まで用意していたおじちゃんに一応注意しておく。事に気付いたおじちゃんは前歯を見せてニカッと笑ったが冗談では済まされない。雑菌だらけじゃないか。
 おじちゃんが新しいうどんを鍋に突っ込んだところで、それまで片手間で作られていた俺のカレーライスがようやく完成した。チキンカレー大盛り。色素の薄いカレーと山盛りのご飯が何とも食欲をそそる。
 カレー皿と浄水器の水をトレイに載せて、こぼさないように気をつけつつ自分の席まで持って行く。
 有藤と三木はテーブルを挟んで対面に座っていた。テーブルの三木側には大量のカレー皿が放置されていたので、俺は迷うことなく有藤の隣に座った。
 俺たちの座席の周りを美味しそうなカレーの匂いが取り巻いている。
「いただきます!」
 我慢できなくなった俺は、席に座るや否やスプーン・フォークを両手に持って、カレーライスへ突進してしまった。すなわち口を大きく開けてカレーとライスを一気にかきこむのである。我が国には『カレーは飲み物』という言葉があるが、これは至言だ。カレーライスは飲める。少なくともシチューよりは飲み込める。カレーと肉体の親和性は雑炊のそれにも劣らないものだ。だからこそカレー拳法は生まれたのかもしれない。
 人類がもっとも手早く栄養を補給できる方法はおそらくカレーライスの中辛だろう。カレーさえ食べていれば、野菜や肉、炭水化物に至るまであらゆる栄養素を摂取できる。
 カレーを食べている時、人間は哲学だ。
「すごいよキャプテン……食べる速さが尋常じゃなかったよ。三木以上だった」
 有藤に話しかけられた。ふと我に返ってみればあれだけ盛られていたチキンカレーは綺麗さっぱり失われていた。
 いつの間に食べてしまったんだ。あと人間は哲学だって何のことだ。
「おい有藤、俺が栗林より遅いわけないだろ。ちょっと見てろよ!」
 そう言って口の中にカレーをかきこむ三木七海。
 当初12皿あった彼のカレーたちもすでに壊滅寸前だ。ポークカレーとシーフードカレーぐらいしか残っていない。他はすべて真っ白な抜け殻と化している。
 三木の隣にはようやくかけうどんを手に入れたらしい米原が座っており、目立つことなくしずしずと麺をすすっていた。あれはあれで美味しそうだ。今度来る時はカレーうどんにしよう。
 みんながむしゃむしゃと昼御飯にありつく中、せっかくのチキンカレーを味わうことなく飲んでしまった俺は暇を持て余すことになった。
 こういう時は業務連絡でごまかしてしまおう。暇だし。
「えーと。地区大会の抽選会まで1ヶ月を切ったわけだが……」
「そういうのはみんながいる時にしたほうがいいんじゃない?」
 有藤に真顔でつっこまれてしまった。
 そうは言われても他にすることがないのだからしょうがないじゃないか。
「いつでもリーダーシップを取ろうとしてしまって逆に空回りしているのもキャプテンの良いところの1つだと思う」
 米原がぽっそりとつぶやいた。涼しい顔してうどんの出汁をすすりやがって。良いところとか言われても全く褒められた気がしないわ。
 微妙に痛いところを突かれてしまった俺は、チームメイトたちが食べ終わるまで椅子にもたれかかってゆっくりすることにした。
 日曜日の正午。千里大学付属晴久高校の食堂はお客の少ないスッカラカン状態。窓際に座る俺たち野球部の他にはクーラーの前で身体を冷やしているサッカー部員がいるくらいだ。短く切った髪をバサバサと揺らしているサッカー部員たち。そのうち2人は俺と同じクラスの奴だ。
「おい有藤、サッカー部だぜ……」
「もしかして三木ってば『あいつら女にモテるから嫌いだ』とか言いたいの? だったら今の三木にそれを言う資格はないよ……」
「こんな姿になろうとも魂は日本男児のままなんだよ! あそこでクーラー浴びてる連中のうちの1人が俺と同じクラスでな、いつもクラスの女子とべらべらべらべらべらべらべらべら仲良くしやがって、前々から腹立ってしょうがなかったんだ! あの軽薄そうな面構えったらないぞ、男が眉毛を描くなっての!」
 スプーンを片手に男らしさを語る三木だったが、胸元のリボンに説得力を奪われていた。台詞だけ拾えばあのサッカー部員と仲良くしている女子生徒に対して嫉妬心を覚えた女の子のようだ。
 クラスか。野球部で同じクラスにいるのは船坂だけだな。あとはみんな他のクラスだ。特に2年1組は三木や有藤、烏丸、米原、木下、江里口、川口、百武、粕屋とかなりの人数が揃っている。
 そういえば三木はクラスでどういう扱いになっているのだろう。
 気になるところだが、サッカー部の悪口をひたすらまくしたてている三木にはあまり関わりたくない。機嫌の悪い奴に関わるとろくなことがない。こういう時は彼の親友でおそらくは一番の理解者であろう有藤氏に聞いてみよう。
「ところで有藤。教室でも三木はあの格好なのか?」
「いやいつもは男子の制服だよ。さすがに最近はいろいろ厳しくなってきたから、僕も早朝からさらしを巻くのを手伝ってあげたりしてるよ。家で巻いてくればいいのに三木ったら1人じゃ何もできないんだから」
 人のよさそうな笑みを浮かべる有藤。なぜだろう無性に殴りたくなってきた。
「カレー拳法を知らない連中に三木の事情を説明するのは難しいだろうから、そうやってごまかすのが最善かもな」
「僕だってよくわかっていないことだもんね。でもそろそろ隠すのは限界かなって気もするんだ……」
 テーブルを挟んで対面する三木と有藤。12皿目のカレーライスを美味しそうにほおばる三木の姿を、有藤は愛おしそうな目で見つめていた。
 おいおいやめてくれよ2人とも。三木が元に戻ってから取り返しのつかないことになるぞ。本音を言ってしまえばうちの部活に彼女持ちはいらないぞ。
 こういう時はどうすべきか。考えろ栗林雄一郎。考えるんだ。
 そうだ。さっきやろうとしたあれだ。
「えーと! 地区大会の抽選会まで1ヶ月を切ったわけだが!」
「だからみんながいる時にやったほうが……」
 有藤からさっきと同じつっこみを入れられてしまったが、ところがどっこいこのタイミングで他の部員たちがやってきてくれた。何とまあありがたいことだろう。みんな愛してるよ。
 守備練習を終えたらしい我が千大晴久野球部の内野陣は泥だらけのユニフォームを身にまとっていた。外野の3人もみんな汗だくになっていた。彼らを率いる垣内コーチも全身が泥だらけの汗まみれだった。60歳を超えてよくもまあこれだけ動けるものだ。素直に尊敬してしまう。眠たそうにあくびをしている百武はあまり尊敬できない。
「キャプテンから話があるみたいだから、みんなご飯を買う前に座ったほうがいいと思う」
 米原のありがたいお言葉によって2年生の野球部員総勢13名の目が俺の顔に向けられた。合わせて26の目玉に見つめられた俺は若干たじろいでしまったが、もう慣れたことなのでさっそく語らせてもらう。
 ぞろぞろと食堂の座席を占拠していくチームメイトたち。
 みんなが座り終わったところを見計らって、俺は口を開いた。
「地区大会の抽選会まであと1ヶ月だ。抽選会から2週間ほど経てばもうそのあたりは試合だ。つまり俺たちに残された猶予はたったの1ヶ月半ってわけだ。俺はいろいろあって細かい練習はできないが、十河監督曰くみんなはまだまだ未熟だそうだ。2年生がそんなんだから1年生はもっと使えない。期待の新人こと秋口もカレー拳法に目覚めるにはもうちょっと時間がかかるそうだ。そこで俺と監督は考えた。手っ取り早く修練を積むために必要なことはただ1つ。去年も俺たちはやったよな。わかるよな、木下!」
「懐かしい。裏切り者の羽田を探し出して烏丸に焼いてもらったっけなあ」
「去年はまだうちのチームメイトだったぞ……じゃあ百武に聞こう!」
「どうせ合宿だろ」
「さすがに察してくれたか。そう合宿だ。1年生と2年生と監督とコーチが共に生活して鍛錬する合宿だ! 去年と同じく場所は学校、今週末の土曜日の昼から月曜日の朝まで学校の教室で寝泊まりする。なお懸案のお金についてだが……費用は全て垣内コーチが出してくださるそうだ!」
 黙って俺の話を聞いてくれていたチームメイトたちだが、お金の話になったところで眉間にシワを寄せはじめ、垣内コーチが合宿の費用を全額負担してくれると言ったところで大歓声を上げてくれた。
 当の垣内コーチも誇らしげな顔をしていた。このおじいさんはいつもいつも太っ腹だ。ありがたいことだ。ベテランだけに指導も的確らしく、コーチとしては申し分ないと十河監督が自慢していた。ちなみに十河監督のほうが年下である。
「合宿については1年生たちにも伝えておいてくれ。日時や持ってくる物は俺からも言っておくけど、決まりごとみたいなのはお前らから頼むな。何か質問ある奴はいるか!」
 俺は辺りを見回した。居並ぶ坊主頭の野球少年たちの中で手を挙げているのは……2人。
 川口右近と船坂宏美。俊足巧打の左翼手と学年随一の美少女という奇妙な取り合わせだった。
「ふ……船坂さんからお先にどうぞです!」
「いや私のはさほど重要でもないから川口くんから先に……」
「いえいえそんなとんでもない!」
「どうしたの川口くん、腐った落花生でも食べたの?」
 質問の順番を互いに譲り合う川口と船坂。不思議そうな表情をしている船坂に対して川口の顔はひたすら真っ赤だ。坊主刈りの頭皮からは脂汗がだらだらと垂れており正直見ていられない。
 マネージャーの船坂のことを苦手としている野球部員は多い。俺を含めた2年生のほぼ全員が彼女に夢中になってしまった経験を持っており、あの頃の苦い経験を思い出すとついつい身震いしてしまうのだ。これは憶測で物を言っているわけではない。それぞれと話をする中で判明した紛れもない事実だ。野球部員は船坂宏美を恐れている。
 もっとも俺の場合はキャプテンという仕事を任されているわけで、マネージャーとはどうしても喋らなければならないことも多いため、他の連中と比べてたら仲良くもなれたし、ある程度は慣れてきていたりもするのだが……。
 とにもかくにも、あんなに苦しそうな顔をしている川口は見れたものではない。あまりにも可哀そうだ。
「2人で言い合いしてても終わらないから、とりあえず船坂から質問してくれよ」
「キャプテンが言うならそうさせてもらおうかな」
 何とか助け舟を出してやった。川口が晴れやかな坊主頭をこちらに向けている。
 かくして船坂宏美は川口よりも先に質問する権利を得た。ジャージのポケットから何やら資料のようなものを取りだした彼女はその中身に少しばかり目をくばりつつ、俺に向けて比較的和やかな声を上げた。
「週末の合宿についてなのだけど、ある程度は予想してたことだから昨日の授業中に部屋割を決めてみました」
 部屋割。その言葉に野球部の面々はおおっと声を上げた。
 なるほど船坂が決めてくれるなら部屋割で揉めることはなさそうだ。彼女に反論できる人間など、うちの野球部にはそうそういない。前は三木が偉そうな態度を取っていたが今の三木は彼女の犬だ。
 これはありがたい話だな。監督の提案なのか船坂自身の発案なのかは知らないが大変ありがたい。
 問題は俺がどこの教室で寝ることになるか……だ。
 垣内コーチからお金を受け取った船坂は、食堂備えつけのコピー機を使って部屋割の書かれた紙を40枚に増やした。彼女がコピー機と格闘している間にチームメイトたちは食券を買って昼御飯を手に入れることができた。鬼の守備練習でお疲れのところをいろいろと喋ってしまい申し訳ない。彼らがご飯を用意してから業務連絡を始めるべきだったかもしれない。
「それじゃあ、まだ戻ってきてない人もいるけど、とりあえず今いる人たちから先にプリントを配るわね」
 コピーを終えた船坂が座席で待っている連中に部屋割のプリントを配り始めた。
 俺たちのテーブルにもプリントは配られた。船坂から受け取った4枚のプリントを目の前の三木や米原、隣にいる有藤に手渡す。そんでもってさっそくプリントの中身に目を通す。
 ふむふむ。1つの教室に1年生と2年生が6人ずつ入るのか。それで2つの教室に分かれると。あとは女子部屋とコーチたちの部屋か。全部で4つの教室を使うとなると、そういう報告はちゃんと先生方にしておかないとなあ。
 部屋割の中で『栗林』の文字は『米原』の横にあった。良かった。去年は人数の関係で十河監督や垣内コーチと同じ部屋になってしまい、一緒になって延々とトランプの大富豪をした覚えがある。何しろ相手はあの強面な十河監督だ。滅多なことはできないわけで、必死になって3位の座を守り通した。気分は完全に接待のゴルフだった。
 あまり眠れなかったあの日の反省を生かしつつ、学年を超えてチームメイトたちと語り合いたいものだ。練習の疲れがあるからみんなすぐに寝てしまうかもしれないがそれはそれでありだと思う。
 プリントをユニフォームのポケットに仕舞いこんで、ふと目の前を見ると三木がスプーンを持ったまま静止していた。受け取ったプリントに目を通しつつもスプーンは止まったままだ。さっきまですごい勢いで食べていたはずなのに、もしかしてお腹いっぱいになったんだろうか。
「三木、余ったなら俺が食べてもいいぞ?」
「お前なんかにやるかよ、そもそもたった1口しか残ってないカレーを欲しがるな!」
 やたらと怒られてしまった。気分を損ねてしまったらしい。
 三木のカレーは12皿目だった。彼の持つスプーンにはその12皿目のカレーのうち最後の1口と思しきカレーとライスが盛られていた。すなわちその1口をもって三木の昼御飯は終了する。スプーンを口の中に入れたところで楽しいランチタイムは終わってしまうのだ。
 なるほど。食べてしまうのが名残惜しいということか。三木らしいといえばそうだ。子供っぽい。
 出来れば早く食べて欲しいんだけどなあ。三木が食べ終わってくれないと有藤たちと外周をランニングできない。別に三木だけ置いていってもいいけどキャプテンとしてそれはどうだろう。
 相変わらず静止している三木に、有藤が話しかける。
「どうしたの、もうお腹いっぱいになったの?」
「そういうわけじゃない……有藤たちは食後のソフトクリームでも買ってこいよ」
 俺たちを待たせているわりにはずいぶん勝手な言い草だが、提案自体は非常に魅力的なものだった。
 ソフトクリームには2種類ある。ちゃんとした機械で製造されたやわらかいタイプのものと、しょうもない機械で削り取られたアイスクリームをとぐろの形にしただけの美味しくないタイプだ。後者はカートリッジに入った固形アイスクリームをまさに削っただけの代物なので基本的に評判が悪い。千大晴久の食堂では前者と後者の両方が売られており、俺が選ぶのはもちろんのこと前者である。値段は高いが圧倒的に美味しい。
 自販機で『バニラソフト:150円』の食券を買う。
 一方有藤と米原は『メロンソフト:100円』『ナンキンソフト:100円』を選んでいた。有藤はもう1枚『タロイモソフト:100円』も購入しており、彼が100円ソフトの信奉者であることは容易に想像できた。100円ソフトとは先ほどの分類における後者、つまり美味しくないほうのソフトクリームのことだ。
 食べ物についてあまり文句は言いたくないところだが、やはり主義主張のこととなるとついつい口にしてしまう。
「おやおや安物買いの銭失いをわざわざ犯すのですか有藤さん」
「キャプテンこそ真のソフトクリーム好きとは言えませんなあ」
 食堂のおじちゃんからそれぞれを商品を受け取り、俺たちは座席へと戻った。
 戻ってみれば先ほどまで大勢いたはずのチームメイトたちはすっかり姿を消しており、川口と船坂、そして未だにスプーンを持って静止している三木のみがテーブルについていた。
 有藤は持っていた2本のソフトクリームのうち片方を三木に手渡した。色から考えてタロイモソフトだろう。三木もまた100円ソフトの信者だということか。けしからん。
「ああキャプテン、みんなは垣内コーチが連れてっちゃったぞ。大会が近いからかコーチも張り切っててな……俺もあとからついていくけど」
 テーブルに戻ってきた俺たちを川口がわかりやすい説明で出迎えてくれた。
「そうなのか。しかしそうなるとあいつらすごいスピードで昼御飯を終えたんだな。食後に激しい運動をして吐かなきゃいいけど……」
「ハハハ。すごいスピードも何も、カレーは飲み物だろ?」
 川口はニヤリと笑った。確かにその通りだ。
 ただ所詮は俺たちも一般人。拳法使いのようにカレーのエネルギーを胃袋から第3領域に移したりはできない。守備練習に戻った連中が食べたばかりのカレーをグラウンドにこぼしてくれないよう祈るばかりだ。
「それで川口が俺に聞きたいことって何なんだ。質問があるんだろ」
「そうだ。質問があるからここに残らせてもらえたんだ」
 川口は意味もなく立ち上がって、意味もなく背中を反らせた。両手の親指がピンと立ち上がっている。それらを彼自身のつぶれた饅頭のような顔に向けてしまえば、それはいつものよくわからない動きをしている川口だ。
 ソフトクリームを舐めつつ質問の内容を言うように促すと、川口は「1口よこせ」と言ってきたので仕方なくソフトクリームを渡す。
「あっ川口くん、私にも食べさせて!」
「ああああどうぞどうぞお先にどうぞ! 船坂さん!」
 俺のソフトクリームはついに第三者にまで渡ってしまった。
 船坂の行動に対して俺たちはあまりに無力だ。悔しいことに船坂と川口は俺のソフトクリームの大半を食べつくしてしまった。後に残るはコーンとその周辺だけだ。ちゃんと中身の詰まったソフトクリームだとはいえ、さすがにこれだけだと満足できそうにない。しかしお金に余裕はない。畜生。
「ありがとうねキャプテン。とっても美味しかった」
「せめて俺の許可を得てから食べてくれよ……」
 俺の愚痴に船坂はふふっと笑って返した。そんな笑顔を見せられたら何も言えなくなってしまう。
 船坂に話しかけられてあたふたしていた川口だったが、彼女が「烏丸くんにプリントを渡してくる」と言って食堂から出ていくと次第に平穏を取り戻し始めた。そういえば烏丸は食堂に来ていなかったな。コンビニにでも行ったのだろうか。
「ふう。行ってくれたか。やっぱりあの人は苦手だ……」
「そんなことより早く質問とやらを教えてくれよ。川口だって守備練があるんだろ?」
「わかってるってキャプテン。もったいぶった分ざっくりした質問になるぜ」
「もったぶったのと質問のざっくりさの関連性がよくわからないぞ……」
「端的に言わせてくれ。俺たちは勝てるのか?」
 それは直撃だった。
 確かにざっくりとした質問だった。鋭利なほどの切れ味を持った究極の質問。
 川口はこの問いをあれだけいた部員たちの前で披露するつもりだったのか。何とまあ危ない奴だ。
 だいたいそんなこと言われたって、こう答えるしかないじゃないか。
「川口、勝てるんじゃなくて勝つしかないんだ」
「そんなのはわかってるさ。でも勝つ見込みは欲しいんだよ」
「じゃあ川口は今のうちでは勝てないと思うわけか」
「虎の子だった三羽烏がただの烏になった以上、俺は無理だと思うね」
 川口はしばしハハハと笑った上で、次の言葉につなげた。
「そこでだよ」
 珍しく真面目な顔をしている川口。
 テーブルについて話を聞く俺たちを見下げるようにして喋りかけてくる。本人に侮蔑の意図はないのだろうが、いやあるかもしれないが、若干イライラする。
 川口は俺たちに語りかける。
「この川口右近はいろいろと考えたんだ。三木七海と羽田蜂介を失った我が千大晴久野球部が果たして並み居る列強を片づけることができるのか。数正社に常光学園、海北大星野、そして大阪豊国学園……立ちはだかる強豪校を挙げていったら、もう両手両足の指じゃ足りなくなっちまう。うちの地区は学校が多いわりに出場枠が1つしかないから甲子園に行くのが極めて難しいって父ちゃんが言ってたんだ。だからこそ俺は考えた。うちの部が強くなるための方法を考えた。今から1年生を鍛えても今年は素人が多いから難しいだろ。それよりももっと簡単な方法を思いついたんだ。いいか、よく聞いてくれ。三木七海を男に戻してやって羽田蜂介を大阪豊国から奪い返せばいい。百武に聞いたら羽田は前日まで転校のそぶりを見せていなかったそうじゃないか。もしかしたら大阪豊国が無理やり転校させたのかもしれないだろ。その可能性に賭けてみるんだ。今度は羽田の家に行ってみよう。きっと何かがわかるはずだし本人を説得できるかもしれない。だから水曜日のクラス遠足の後、羽田の家に行こうぜみんな! 返事は予定を思い出してからでも良いんだぜ! 羽田がどこに住んでいるのかは俺から監督に聞いておくからさ!」
「なるほど。三木と羽田を取り戻して三羽烏を復活させるのか。これは自分も良い案だと思う」
 あまりにも長々と喋るので川口の意図がさっぱりつかめなかったところを米原はあっさり要約してくれた。
 かつて地元紙を賑わせた『千大晴久の三羽烏』を復活させる。確かにそれが為せるなら俺としても本望だ。問題はいったいどうやって復活させるかだ。
 川口は水を飲んでいた。ペットボトルの水だ。
 喉を潤した川口は「ふう」と息を吐き、カレースプーンを持ったまま静止している三木七海に目を向けた。
「とりあえず羽田の件は水曜日に回して……三木は男装させれば何とかなるよな、キャプテン」
「いや無理だろ」
 思わず即答してしまったがおそらく無理だ。今の三木はまだかつての面影があるから良いがこれから彼がどうなっていくか、さっぱり予想がつかない。
 できれば三木のお姉さんがどういう姿をしているのか確認したいところだが……。
「そうだよねえ。やっぱり無理だよ川口。三木は将来こうなっちゃうかもしれないんだから」
 有藤は携帯電話をいじくっていた。今の言葉から判断するにこいつは携帯電話でお姉さんの写真を見ているのだろうか。是非とも見せてもらいたいところだ。
「あ、キャプテンも見る?」
「おう。見せてくれ!」
 有藤がテーブルに携帯電話を置いた。川口や三木を含めた俺たちはその画面を食い入るように見つめる。
 携帯電話の画面に映っていたのは着物を着た女性だった。この人が三木のお姉さん、睦美さんか。彼女の横にはかつての三木の姿もあった。今の彼と比べると体格や顔つきが全く違っている。これでは食堂のおじちゃんもわからなかったはずだ。背景は奈良の春日大社だろうか。
 懸案になっている睦美さんの容姿についてだが……。
「良いと思う」
「えっ三木はこの方向になっていくの? だったらこのままのほうが良いじゃないか、そう思うだろキャプテンも!」
 米原と川口の言葉を借りることで示させていただく。
 当の三木は自分の姉がベタ褒めされているのが気に食わないのか、はたまた写真を公開した親友の有藤にイライラしているのか、スプーンを置いてぶつぶつと唸っていた。
「姉ちゃんのどこが美人なんだ……性格も悪いのに……だいたいどこで写真なんか手に入れた……」
「やだなあ三木ったら。この写真は三木がくれたものじゃないか」
「嘘つくなよ。そんな記憶ないからな」
「いやいや。これは三木が『どうだ有藤、俺の姉さん綺麗だろ! 兄弟いないと家庭も湿っぽいよな!』とかいうメールと一緒に送ってきた写真だからね」
 有藤の言葉を聞いて三木は顔を赤くした。どうやらその件を思い出したらしい。つまり真実だと言うことか。
 睦美さんがたいそう綺麗な方だというのはよくわかった。正直この人が働いているなら奈良のカレー屋『カナディアン・ミキー』とやらに足を運んでも良いと思った。ただ三木がそっちの方向に変わっていくのを阻止するにはどうすればいいか、問題の本質はそっちにある。
 いやむしろ男っぽく見せるにはどうすればいいかが本質かもしれない。三木に投げてもらうには男らしさを演出するしかないからだ。
 有藤に携帯電話を返す。有藤はそれを手持ちの巾着袋に入れた。うちの野球部員がいつも持ち歩いている船坂特製のグローブ入れだ。俺だってちゃんと持っている。
 食堂の入り口のほうから川口を呼ぶ声が聞こえてきた。聞き覚えのある声だ。おそらく木下だろう。
「垣内コーチが外野の練習も始めるらしいから川口も来いよ!」
「おい川口! いつまでもサボりが通用すると思うな! コーチの所まで連行するからな!」
 木下だけかと思えばもう1人いた。黒川だ。
 ライトの黒川、センターの木下、そしてレフトの川口。期せずしてか期してか我が千大晴久の外野陣が揃い踏みだ。
 抵抗するそぶりを見せた川口だったがチーム1の巨漢である黒川に捕まってはもうどうにもならない。
「じゃあ今日の夜、練習終わってから羽田の家な!」
 そんな言葉を残して川口は行ってしまった。丸太のように担がれていた。
 川口たちが去ったところで、三木はようやくカレーライスを口にした。すっかり冷めているだろうに、いったいなぜ食べずにいたのだろう。
「どうだ12皿食べたぞ。新記録だ」
 三木はニヒヒと笑った。右足をドンとテーブルに乗せて、右手は5本、左手は2本の指を突き立てていた。手足を合わせて12本とでも言いたいのだろうか。
「もしかして大っぴらに自慢したかっただけなのか……三木……」
「まあそんなところだ。他の奴がいたら無駄に笑われるだろ」
「わかってるなら自慢するなよ」
「でもすごいだろ? おかげで腹がパンパンだ」
 自分のお腹をポンと叩いた三木だったがさほど膨らんでいるようには見えなかった。カレー拳法は第3領域の大きさで決まるとポケット拳法には書いてあったが、この調子だと三木は拳法使いの中でもかなり優秀なほうなのかもしれない。
 それにしても『他の奴』に笑われる……か。その『他の奴』に俺は入っていないわけだ。嬉しいような恥ずかしいような。他の奴とそうでない奴の境界線が俺にはわからないが、少なくとも信頼してくれているのだろう。キャプテンとしては嬉しい限りだ。
 三木が食べ終えたカレー皿を米原や有藤と協力して返却口まで持っていく。三木には俺たちの食べたカレー皿やうどん鉢などを運んでもらった。一見「女の子だから」配慮しているように思えるこの役割分担だが、カレー皿は適当に重ねて持っていけるのに対してうどん鉢は大きい上に出汁が残っているため重たい。加えて俺と有藤が食べたカレー皿は大盛りだ。トレーにぎりぎり載るレベルの大きさがある。なのでそれほど運ぶのが楽というわけでもない。そもそも三木を女の子扱いするほどまだ俺は落ちぶれちゃいない。
 食器を運び終えた俺たちはおじちゃんに別れを告げ、やわらかな昼の光を浴びに出た。
 外の明るさはまぶしいほどだった。俺は帽子をかぶり直した。有藤は自分の帽子を三木にかぶせていた。
「それじゃあ走りに行くか!」
 野球少年は日々是鍛錬。かの剣豪宮本武蔵は五輪書の中で『鍛』は千日の練習、『錬』は万日の練習と説いた。つまり鍛錬は日々継続するものだ。
 俺たちは土地勘に優れる米原綱吉の先導の下、校門から外周道路に躍り出た。脇を走るのは阪急千里線。茶紫の小豆色が線路の上をごろごろと進んでいく。俺たちもそれに負けないようスピードアップした。
 もっとも電車はすぐに止まってしまった。千大前駅は小さな駅だが千里線自体が各駅停車専用なので利便性には問題がない。平日は学生で埋まっているこの駅も今日は日曜日とあって人が少ない。
 駅の前を通り過ぎてやがて商店街へと入っていく。ここからは人が多くて避けるのも大変だ。いちいち頭の中で情景描写していられない。おばさん、おじさん、おにいさん、おじさん、おばあさん、おねえさん、おじさん、みたいになってしまう。
 しばらく、いや走り終わるぐらいまでは、ちょっと真面目に走らせてもらおう。

 夕陽が校舎を照らし出した頃、俺たちはグラウンドに戻ってきた。昼前に百武が言ってた通り、大学の外周2週はきつかった。先行していた1年生たちが商店街のコンビニで買い食いしていたのを注意したまではよかったのだが、彼らを引き連れて走り出してしまったがために「やっぱり1周にしておこうか」の一言が言えず、ひたすら走り続けることになった。
 グラウンドに戻ると百武と船坂、そして三木七海が出迎えてくれた。
「おかえり有藤、米原、栗林、そして1年坊主ども」
「三木てめえ! 上手いこと言って抜け出しやがって!」
 ボロボロになった身体を引きずって三木の目の前に出る。彼の胸倉をぐいっとつかんでしまえば後は適当な所に投げつけるだけだ。腕力にはそれなりに自信がある。今の軽くなった三木なら両腕を使えば何とかなる。
「おい栗林……お前の怒りはどこにあるんだ」
「何だと?」
「お前は俺だけ半周で抜け出したことに怒っているのか、汗をかいた俺の透けブラが見られなかったことに怒っているのか、どっちだって聞いてんだ!」
「前者に決まってんだろうが!」
 しかし俺は少なからず動揺してしまった。三木はその好機を見逃さず、俺の胸を蹴飛ばした。さすがの俺も耐え切れず三木を手放してしまった。
 諦めきれない俺は、米原や1年生たち、外周2周を走りぬいた同志たちの怒りを背に受けて再び突進したが、そんな俺の前に立ちふさがったのは三木の親友有藤ではなく、意外な人物だった。
「まあまあキャプテン。そう怒らなくてもいいよ。三木ちゃんには私からちゃーんと罰を与えておいたから」
「船坂……罰って何をしたんだ」
「まだ何もしてないけど、合宿の時にちょっといろいろとやってもらおうかなって。それで良いでしょ」
 船坂はニコニコ笑っていた。
 果たしてその『ちょっといろいろ』とやらで俺たちの怒りが収まるのか。俺は疑問を感じた。一方三木は船坂の後ろで顔を青くしていた。
 船坂のとりなしもあってその場はひとまず落ち着いた。
 共に外周を走り抜いた戦友こと1年生たちは、百武の手引きで垣内コーチの守備練習へと向かった。どうやら百武は1年生たちが帰ってくるのを待っていたようだった。もちろん練習をサボるための口実だった。どこまでも休むことに貪欲な奴だ。
 夕方になりそうな頃合いとはいえ、まだ帰るのには早すぎる時間帯だった。
 俺たちは走り疲れた肉体をストレッチで癒したのち、それぞれの練習場所へと向かった。
 有藤と米原はグラウンドの端で投球練習。三木は彼らにアドバイスを送っていた。
 マネージャーの船坂は守備練習をしていた連中のために飲み水を用意した。
 1人ポツンと暇を持て余すようになった俺は木陰のベンチに座り込んだ。愛用の鉄アレイをカバンから取り出して右腕の筋肉を鍛えつつ、ポケット拳法に目をやった。
 そうしているうちに日は暮れて、その日の練習は終わりを告げた。



 時は過ぎ去って水曜日の夕方。
 楽しいクラス遠足の日を思いっきり堪能した俺は、遊び疲れた身体を学校まで運び込んだ。
 本来なら部活動は全面休止であるこんな日に限って、以前約束した用事というものが存在してしまう。
 家に帰ってゆっくり休みたいところを我慢して学校まで来てやったのだ。他の連中がすっぽかしやがったらタダでは済まさない。男女関係なく全力でギッタギタにしてやる。何のために身体を鍛えているのか。その理由を見せつけてやる。
 冗談はさておき俺は校門の前でみんなを待っていた。遠足帰りの俺は私服に身を包んでいた。これといった特徴のないいたって普通の私服だが、制服の着用が義務付けられている高校の中では否応なく目立ってしまう。だからこそ校門の前で待っていた。
「おう栗林。相変わらずの私服だな」
「三木か。何となく想像はついてたがやっぱりジャージなんだな」
 俺がどちらかというとラグビー部員が着てそうな服を身につけていたのに対して、三木は紺色のジャージで全身を覆っていた。せっかくの遠足なのに華がないといえばそうだが、まあ三木だから仕方ない。
 ジャージの上からリュックサックを背負う三木の姿は、俺の中の隠されたフェチズムをほんの少し撫であげた。これはこれでなかなかいいものかもしれない。
「栗林のクラスは枚方遊園だったっけ。うちのクラスは須磨浦公園でバーベキューだったぜ。木下の奴が肉の焼き方にえらくこだわりやがって、それで米原や川口と大喧嘩になってだな。そこを止めに入った有藤が3人から殴られる羽目になって、最終的に俺の『暗示の皿《トレードディッシュ》』でホログラムを見せてやったんだよ。どんなホログラムにしたと思う?」
「またいつもの恐怖映像でも見せたんじゃないのか」
「あれは烏丸専用だ。今回は有藤の周りにホログラムを張ってやったんだ。有藤が10秒で日本海軍の軽巡洋艦『阿武隈』に変身する映像を流してやって、それはそれはもう阿鼻叫喚で面白かったぞ」
 身長170センチの有藤少年がたったの10秒で全長162メートル、排水量5500トンの軍艦に変身したら、そりゃみんな驚くだろう。
 ケラケラと笑っている三木の顔をよく見てみると、彼のほっぺたには灰色の汚れがついていた。バーベキューをしたと言っていたことから、おそらくは木炭の汚れだろうか。
 もっと注意深く眺めてみよう。いつもはただ伸びるままにされていた栗色の髪は、いろいろと暑くなりがちなバーベキューに対応してかゴムヒモで1本にしばられていた。クラスの誰かにやってもらったものなのか、なかなか綺麗にまとまっていて、ちょっこりと見えたうなじがなかなかこう、良いものだった。
「さっきからジロジロと何を見てくれてんだお前は……」
「ほっぺたに炭がついてるぞ、三木」
 怒られそうな気配がしたので適当にごまかしておいた。
 三木がリュックからタオルを取り出して頬の汚れを拭き取っている様子を事細かに眺めつつ、そういえば三木と同じクラスなはずの川口と有藤と米原はどこにいるんだろうとか、今日の晩御飯は何かなあとか、そういうことを考える。
 どうせ待ってる間は暇だ。さっそく聞いてみるか。
「なあ三木、有藤や米原は来ないのか。言いだしっぺの川口もいないようだけどいったいどうなってんだ。同じクラスなら何か知ってるだろ?」
「そのことなら……米原と川口は失神してしまって、今は神戸の病院だ」
 失神。
 意識を失ってしまうこと。普通は数分ほどで回復するので、彼らが病院にいるのは大事をとって安静にしているからだろう。
 いつも健康的で口うるさい米原と川口が失神するとは、よほどえげつない目にでも遭ったに違いない。
「その失神ってのはいつ頃のことなんだ?」
「帰りのバスに乗ろうとした時だよ。有藤と一緒にバスに入ったら米原と川口が『ギャー轢かれるーッ』『まだ死にたくないと思わざるを得ない!』とか騒ぎ出して、仕舞いには『圧死する』『嫌だと思う』って言葉を残して泡吹きやがった。それでそのままバスで病院に運んでやって、俺たちは梅田で解散ってわけだ」
「三木……お前、ホログラムを解かなかっただろ」
 俺の言葉を耳にして、三木は「ああなるほど」とうなづいた。
 つまりはこういうことだ。米原と川口からすれば、バスに乗り込んできた有藤は軽巡洋艦『阿武隈』だった。バスの中に侵入してくる『阿武隈』の巨体は当然のように米原と川口の身体を押し潰していった。もちろん視覚的な話ではあるが、リアルな映像を作り出せる三木のホログラムのことだ。精神的な逼迫感はとんでもないものとなり、軍艦にのしかかりを喰らう恐怖から米原と川口は失神してしまった。
 三木は全く気にしていないようだが、喧嘩の原因であり有藤を殴った男の1人である木下もおそらくは幻覚を見せられているだろうし、たぶんにもれず失神してしまっているのだろう。もしくは有藤がバスに乗り込んだ頃にはすでに座席で眠りこけていたか、そのどちらかだ。
 全くいつもながら人騒がせな連中だ。うちのチームメイトには落ち着きが足りない。三木を筆頭にみんな子供すぎる。
「それで、川口たちがダメになった理由はわかったけど、有藤はどこにいるんだよ。親友たる三木さんの傍にいないだなんて珍しいじゃないか」
「あいつは病院だよ。失神した連中をお見舞いするんだってさ」
 そう話す三木の顔は少し落ち込んでいるように見えた。三木としては不本意なのだろう。
「なるほどそれは有藤らしいな。だったら今のうちにホログラムを切っとけよ。でないと目が覚めた瞬間にまた失神しちまうぞ川口たち」
「ハハハ。わかったわかった」
 三木は指をパチンと鳴らせた。左手の中指と人差し指を、親指で一気にこすりつける。やり方はわかるのだがなかなか難しい技だ。
「ふう。ずっと拳法技を使いっぱなしだったから腹が減ってきた。羽田の家に行く前にどこかでカレー食おうぜ、キャプテン」
「俺たち2人だけなら断る理由はないんだが、あいにく梅田駅で船坂が待ってるんでな。いつまでも待たせるわけにはいかんだろ」
「げっ……船坂も行くのかよ。聞いてないぞそれは」
 わかりやすく嫌がっている三木。本人のいないところではこうやって苗字を呼び捨てにしている三木だが、目の前に船坂がいる時はたいてい敬称を付けている。彼らの関係はそんな感じだ。
 他の面子が来ないとわかったのだから、いつまでも校門の前で待っている必要はない。梅田で待っている船坂と合流しよう。
 阪急千大前駅の自動改札に定期券を突っ込んで、サークル帰りの大学生たちに囲まれつつ、各駅停車の到着を待つ。
「先発は天下茶屋行きか。梅田駅に行くなら淡路駅で乗り換えなきゃな」
「だったら次発の梅田行きに乗ろうぜ。栗林だって乗り換えるの面倒だろ」
「女の子を待たせる奴はモテないって秋口くんが言ってたぞ、三木」
「秋口が言うからこその信憑性だけど、本当にそのうちあいつはブチのめさなきゃいけないと思うんだよな、俺としては」
 三木は左右の腕を振り回してシャドーボクシングを繰り広げた。
 可愛い後輩であり、かつ憎むべき宿敵である秋口くん。彼が恨まれている理由はただ1つ。許婚がいるのだ。
 許婚。自由恋愛の嵐が吹き荒れて人々の心から潤いが失われた現代においては、あまりにも珍しい男女の関係。親が設定した相手と将来の結婚を誓い合った者どもには精神的な余裕すら見られる。
 そんな秋口くんを我が千大晴久野球部のチームメイトたちは心の底で憎んでいたりする。それについては俺や三木も例外ではない。ただ従順で研究熱心な秋口くんは大変好感の持てる少年だ。彼と会話を交わすにつれて俺の中の憎しみの心は解けていった。一方三木や川口は未だに敵愾心を保ち続けている。
「ただ親の決めた許婚がいるからって、それが秋口がモテることの証明にはならないと思うけどな、俺は! やっぱり男なら自分の力で奪い取らないとな! 誰も奪い取ったことのない俺が言う言葉ではないけどさ!」
 三木はシャドーボクシングの最後を強烈な右ストレートで終わらせた。ずいぶんと細くなってしまった彼の身体だが腕の筋肉だけはわりと保たれているようだ。もちろん最盛期の頃に比べれば木の棒に等しい。こんなのはトリモチのついた木の棒だ。
 いろいろ喋っている間に電車がやってきた。小豆色の阪急電車だ。
 ドアは開かれた。駅のホームにたむろしていた大学生たちがぞろぞろと車内に入っていく。俺たちもその列に続く。
「さっきの話だけど、三木にはもう有藤がいるじゃないか」
「男はいらねえんだよ!」
 三木の右足が俺のお尻を狙った。むざむざ蹴られたくない俺はバッと右に避けてみせた。
 そうなると宙を切る形になった三木のキックはどこに行くのかといえば列に並んでいた大学生であって、痛そうな仕草を見せるその方に対して俺たちは2人して「ごめんなさい」する羽目になった。

 満員電車の中で気まずい時間を過ごした俺と三木は、途中の淡路駅で梅田行きの電車に乗り越えて、船坂の待つ阪急梅田駅を目指した。
 十三大橋をゴトゴトと進む電車の中からは、西梅田の街並みをたっぷりと眺めることができた。夕焼けが紫色に染まる時間帯、乱立する高層ビルは内外の光に照らされてとても綺麗だった。
 梅田駅についた俺たちは定期券を乗り越し精算機に突っ込んだ。購入した精算切符を片手に改札を通り過ぎる。あとは船坂を探すのみだ。
 辺りを見回してみると、壁にもたれかかって携帯電話をにらんでいる女性がこちらに手を振っていた。船坂だ。
「キャプテンに三木ちゃん。こんばんは」
 船坂の服はとても可愛らしいものなのだが残念ながら俺の語彙力では表現できない。シンプルな服だと思うのだがいかんせん俺はそういうものに疎い。全体的に青っぽく、スカートではなくズボンだ。道行く人と比べると高校生らしい服ではあると思う。
 三木が船坂に何やら話しかけている。
「いろいろあってですね、川口と米原と有藤はまだ神戸にいるんッスよ」
「だから2人だけで来たんだ。大丈夫ちゃんと地図は預かってるから。川口くんはいつも挙動不審で貧弱そうでしょう。いざという時のために予備の地図をもらってたの。そういうわけだから安心してねキャプテン」
 こちらに愛らしい笑みを向ける船坂。彼女に夢中だった頃の古傷が痛む。
 船坂は透明なファイルをカバンの中から取り出した。
「これこれ。羽田くんの家までの地図ね」
 ファイルに収まっていたA4の紙を船坂から手渡される。三木と一緒に紙面を眺めてみると、そこには大東市寺川と題字された派手な手書き地図があった。この字体から察するに川口が書いたのだろう。パソコンに疎いあいつらしいやり方だ。
 地図によると羽田の家までは電車に行くことになりそうだ。野崎駅から徒歩15分のところにあいつの新しい家があるらしい。
 新しい家。羽田が大阪豊国学園に移った理由は『家族の引っ越し』だった。
 家族が引っ越すから転校する。理屈は通っている。
 だが俺たちは今から羽田の家に行こうとしている。予定される所要時間は45分。たったの45分だ。学校からここまで来るのに28分かかった。合わせて1時間とちょっとにしかならない。これくらいなら十分に通学できるはずだ。朝早くから練習のある野球部員としては少々辛いスケジュールになるかもしれないが、三木だって市内西部から地下鉄に乗って登校している。そもそもチームの主力「三羽烏」なのだから十河監督もちょっとは配慮してくれるはずだ。
 羽田はなぜ転校したのか。
 疑念ばかりが頭を過ぎる。ハンカチで額の汗をぬぐうと、船坂が心配そうな顔でこちらを見つめているのがわかった。俺は思考の中に埋もれてしまっていたようだ。
「どうしたのキャプテン、もしかしてトイレ行きたい?」
「違う違う。そんなことよりそろそろ行こうぜ。行き先もわかったことだしさ」
 地図を船坂に押し付けて道案内をしてもらう。
 ジャージを着た三木七海と可愛らしく着飾った船坂。よくよく考えてみると両手に花だ。川口たちに感謝すべきかもしれない。キャプテンの職務もなかなか役得だ。
 船坂と一緒に街を歩くのはちょっと苦手だったりするが、そういう意味で三木がいてくれるのはありがたい。
 阪急梅田駅からJR大阪駅までとことこ歩いていく。
「そういえば三木ちゃんのその格好はどうしたの?」
 先頭を行く船坂が話しかけてきた。
「ジャージじゃだめですか船坂さん」
「別に何にも。ちょっと面白かっただけ」
 クスクスと笑う船坂。首を傾げる三木七海。
 よくわからないが仲良きことは良いことだと思う。
 阪急の建物を抜けて、市街地の信号を渡る。前方で大丸百貨店の大きなビルが空高くまでそびえ立っていた。その奥には西梅田の高層街が続いている。
 そんな街並みも駅の中に入ってしまえば何も見えなくなる。切符を買って電車に乗り込み、わりと混んでいる電車の中で遠ざかっていく街並みを眺める。やがて電車は下町を通り過ぎるようになる。
 たった数分でこれだけ景色が変わっていく。だからこそ車窓は面白い。
「キャプテン、本当に大丈夫? トイレ我慢してない?」
 船坂に話しかけられた。
 三木もそれに続く。
「こら栗林。ずっと黙りこくったまんまだから船坂さんが心配してるぞ」
「ただ車窓を楽しんでるだけだよ。面白いだろ景色が変わってさ」
「何だ外を見てたのか。てっきり窓に映った自分の姿でも眺めてたのかと思ったぞ。栗林ってナルシストなところあるもんな」
「こんなマッチョでムキムキな身体なんか見てても面白くねえよ」
「そうかな。俺は自分の身体を見るの、嫌いじゃないぞ。俺だけの話にはなるけどどんどん変わっていくだろう。背が縮んでたり顔つきが変わったり……日々新しい発見があって、空しい気分にもなるけど良い風に考えれば面白いし、ちょっとは楽しいからな。あと元になった睦美姉さんが美人なだけあって、俺もこうなかなか」
「お前のほうがよっぽどナルシストじゃねえか」
 車窓を鏡に見立てて軽くポーズをとる三木の姿は少々恥ずかしいものだった。幸いにして電車の中は混んでいるため、人ごみに紛れてそれほど目立つことはなかったが、それでも身内としては恥ずかしい。
 それにしても本当に軽くポーズをとっているだけなのに、普通に引きつけられるものがある。元の三木がただの小男だったことを考えると、三木のお姉さんは相当に魅力的な人なのだろう。ぜひとも会ってみたいものだ。
 電車が停まってドアが開いた。
 他のお客さんがどかどかと降りていく中、船坂がこちらに向けて小さく手招きしていた。ここが乗換駅らしい。
「2人ともちゃんとついてきてね。今度は学研都市線に乗り換えるから」
「学研都市線で20分くらいだっけ」
「そうそう。そんでもって野崎駅から徒歩で15分ね。何だったらしりとりでもする?」
 なるほどしりとりか。たまにはいいかもしれない。
 オレンジ色の電車が停車と発車を繰り返す駅のプラットホームから、階段を下りた先にあったのはまたしてもプラットホームだった。
 下のホームに停まっていた銀色の電車に駆け足で乗り込んで、さっき船坂が提案してくれたしりとりを挙行する。言葉尻を追い掛け回す、終わりのない単純なゲーム。
 そうこうしているうちに電車は駅を離れていった。向かう先は羽田の家、野崎駅だ。

 時折車窓から街並みを眺めつつ、やっとこさ到着した野崎駅からしばらく歩いていくと、先導役の船坂が突然立ち止まってしまって、何事かと聞いてみたところ、次のような言葉が返ってきた。
「ここが羽田くんの家みたい」
 船坂の言葉を聞いて、今の今までしりとりに関する些細な争議、すなわち俺が三木に仕掛けた『ス』攻めに対していろいろと文句を言ってきた三木七海も、その文句にいちいち反論していた俺自身も、一瞬のうちに黙り込んでしまった。
 北河内の片田舎、大東市の寺川にあった羽田蜂介の新居。いたって普通の一戸建て住居から流れ出してくるのは美味しそうなカレーの匂い。
「栗林、この匂い……」
「今晩はカレーライスだな」
 ちょうど腹が減ってきた頃合いだ。引っ越しの件を問いただす前にカレーをごちそうしてもらおう。羽田には1200円分くらいの貸しがある。何だかんだでジュースを奢らされ続けた結果がそれだ。だからカレーをもらうくらい悪いことではないはずだ。
 俺と同じ考えを頭の中で巡らせているらしい三木七海はわかりやすく野獣のような顔をしていた。軽くよだれを垂らしつつ、ジャージの袖でそれを拭っている。いくら見た目が良くてもこれは汚い。
 そんな俺たちを見て、船坂は少しばかりのため息を漏らした。
「もしかして……いただく気まんまんなの?」
「もちろんだ。あいつにはいくらか貸しがあるからな」
「目の前のカレーを逃すわけにはいかないんです。さっきまでカレー拳法を使いっぱなしだったから腹が減って仕方がないんですわ! 船坂さんにはわからないとは思いますが!」
 俺たちの返答を聞いて、船坂はまたため息をついた。何か不満でもあるのだろうか。船坂だってカレーライスは好物のはずだ。
 不満そうな表情をしているにも関わらず、船坂はこれといった文句を言わなかった。
 彼女はとぽとぽと歩を進め、自らの人差し指を羽田邸のインターホンに押しつけた。
 ピンポーンの音が辺りに響き渡る。
 やがてドタドタと走っているような物音が家の中から聞こえてきた。玄関ドアの擦りガラスの向こう側に人影が見える。髪の長さから察するに羽田のお母さんだろう。あいつには姉や妹はいなかったはずだ。
「あ、そうだ。三木ちゃんは偽名を名乗ってね」
「偽名ってどうしてまた……」
「その格好で三木ちゃんだって言っても通じないでしょう。それに三木ちゃんがそんな姿になったことが大阪豊国にバレたらどうするの。男装して野球するのだって難しくなるわよ」
「理屈はわかりますけども肝心の偽名はどうすれば……」
「自分で考えなさいよそんなの」
 相変わらず三木には手厳しい船坂だった。
 三木が相当にイライラした様子でこちらに顔を向けている。
 そんなことをしているうちに玄関ドアが開かれてしまった。
 三木は慌ててドアのほうに身体を戻し、船坂はおずおずと「こんばんは」を口にした。
 ドアを開けたら見知らぬ高校生が3人立っていた。状況を把握できかったらしい羽田のお母さんはわりと大きな声で「蜂介、お友達じゃないかしら!」と、自らの息子を呼び寄せた。
 母親の声を聞きつけて、ドタドタと2階から降りてくる少年が1人。
 あれから3週間は会っていないはずなのにその肉体や容姿は全く様変わりしていない。
 羽田蜂介。
「えっ……この臭いは栗林か?」
「もちろん千大晴久高校のキャプテンだよ」
「そうなるとこっちは船坂さんだろ。そっちの女の子は誰だよ。新入生のマネージャーか。また可愛いのが入ったんだな」
 物欲しげな顔でジャージの女の子を見つめる羽田蜂介。女の子の正体が三木だとも知らずに、なかなか滑稽な様子だ。
 あとこいつ体臭で判別しやがったな。タダじゃ済まさないぞ。
 ドアを開けてくれた羽田のお母さんはどこかに消えていた。高校生同士の会話にそれほど興味はないらしい。
 羽田は何を言わずに手招きしてきた。入って良いということか。
「おじゃまします!」
 遠慮なく入らせてもらう。ご飯をいただいた時のことも考えて、脱いだ靴はちゃんと並べておく。これだけで心証がずいぶん違うはずだ。
 玄関のドアを閉めた羽田蜂介は、ドアについた2つのカギをきっちりと掛けていた。さらには普段使わないであろうチェーンロックまでしっかりと掛けていた。これは様子が変だ。いったい何に備えているんだ。
「おい羽田、もしかして俺たちを逃がさないつもりなのか?」
「そんなことよりあの子はいったい何て名前なんだよ。気になるだろ」
 俺の質問は軽く流されてしまった。
 羽田の案内で俺たちは居間へと通された。システムキッチンと一体化した広いエリアだ。液晶テレビが野球中継を流している。テレビの周りにはローテーブルと大きなソファが用意されていた。とてもふかふかしている気持ちのよさそうなソファだ。しかもこのサイズなら3人並んで座れそうだ。遠慮なく座らせてもらおう。
 大きなソファに腰を据える。順番は右から俺、船坂、三木だ。どちらかというと2人に囲まれたほうが幸せだったかもしれないが高望みしてはいけない。羽田はテーブルのそばにクッションを置いて、そこに座った。
 キッチンから羽田のお母さんが出てきた。お茶を出してくださるようだ。ありがたい。
「ありがとうございます!」
「いえいえ。蜂介のお友達でしょう。ゆっくりしてね」
 お母さんから冷たい麦茶を受け取ったところで、さっそく本題に入らせてもらおう。
「さて……ずいぶん友好的に迎えてくれたもんだが、俺たちが来た理由はわかるよな」
「ああわかるさ。その女の子の顔見せだろ。そういうことならいつでも大歓迎だぜ。それでその子の名前はいったいどういうんだ?」
 またもや流されてしまった。今のところ羽田の興味は三木にしか向いていないらしい。捻くれ物ばかりの三羽烏の中でも羽田はマイペースなほうだ。直情型の烏丸久太郎、ガキすぎる三木七海よりはまだ扱いやすいのだが、こいつを相手にすると意外なところで上手くいかない。
 三木はしどろもどろになっていた。羽田に名前を聞かれ、いきなり偽名を考えろと言われてもピンと来ないらしい。こういう時こそキャプテンの出番だ。頼れるところを見せつけて尊敬される人物になってやる。
 ふむふむ。偽名か。やっぱり覚えやすいのが良いな。すぐに思い出せるタイプのものがいい。だったらあいつの身辺でまとめてみるかな。
 たとえばお姉さんの名前からとってみるとか。
「わかったよ羽田。教えてやるよ。この子の名前は睦美ミキ。何と三木の妹だ」
 俺がそう言った瞬間、三木と船坂は飲んでいた麦茶を吹き出した。汚い。
 わかりやすくて覚えやすい三木のお姉さんの名前。それを偽名に使って何か問題があるのだろうか。
「えっ三木の妹なのに名字違うの? 三木の両親って離婚してたっけ?」
 羽田が混乱している。
 なるほどそういうことか。確かに兄妹で名字が違うのは少々不可解だ。
 この際、三木のご両親の尊厳はどこかに飛んでいったと考えよう。フォローでごまかしてしまう。
「ちょっと説明不足だったな。その通り三木のご両親は離婚なされた。そして母親に引き取られたミキさんは旧姓の睦美を名乗るようになった。あまり気持ちのいい話じゃないから説明したくなかったんだが、羽田もわかってくれるか」
「そうだったのか……すまないミキさん。深く考えてなかったよ」
 ペコリと頭を下げる羽田。
 それに対して三木はまさに怒り心頭といった表情だった。
「おい栗林てめえ! そうなると元の名前は三木ミキじゃねえか! ふざけてんのか!」
 しかもその怒りは俺に向けられていた。船坂も呆れたような目でこっちを見ている。麦茶のストローを噛んでいる船坂の姿はどことなくエロチックだったがそんなことより今は反論だ。
「ミキちゃん、君だって嫌だったかもしれないが、それが真実なんだから仕方ないだろうが!」
 かなり焦っていた俺は、三木の怒りを強烈な怒号で抑え込んだ。
 キッチンで調理をしていた羽田のお母さんがおろおろしている。これはいけない。やりすぎた。後で謝っておこう。
 元の名前は三木ミキか。そこに考えが及ばなかったのは俺の失態だ。
 だが羽田は俺たちの嘘を信じている様子だった。
「そうかミキさんは三木の妹なのか。お兄さんを追って千大晴久の野球部に入ったのかな」
 麦茶を口にしつつ、三木からいろいろと聞き出そうとする羽田の姿は、かつて船坂に夢中だった頃のこいつにそっくりだった。同じく船坂病の患者だった俺にはわかる。こいつは『睦美ミキ』がお気に入りだ。
「はいそんな感じですかね……まあはい……」
「お兄さんは元気かい。相変わらずのクソガキだろう。ミキさんからも言ってやってよ」
「いやそんなこともないんじゃないですかね……」
 必死の形相で妹役を演じる三木の姿はなかなか面白いものだったが、船坂に脇腹を肘打ちされたのであまり笑ってもいられない。
 邪魔になったストローをつまみ出し、俺はいただいた麦茶を飲みほした。
 底に残った氷を口の中に放り込みつつ家中に充満しているカレーの匂いを堪能する。こうしていると氷水もカレーのような味わいが出てくる。水っぽくて美味しくないカレーの味だ。
 やっぱり本物が食べたいな。三木のことをダシに催促してみるか。
「おい羽田。ミキちゃんは実のところ腹ペコだそうだぞ」
「そうなんです腹が減ったんです! カレーが食べたくて仕方がないんですよ!」
 俺の意見に三木が乗ってきた。彼もまた夕食にカレーライスを求める同志だ。
「キャプテンも三木ちゃんもはしたないわよもう! やめときなさいよ!」
 そんな俺たちを非難する船坂。
 情けない醜態をさらしつつも船坂が抑え役となることで全体の声は中和される。2人が失礼を働いても1人が抑えに回ればそうそう怒られることはない。きっと「仕方ないねえ」の一言で済ましてくれる。
 まさに三位一体の総攻撃。これで落ちないホストファミリーはいないはずだ。
 はずだった。
「うちの家、今日の晩飯は天津飯なんだよ」
 羽田の返事は意外なものだった。羽田は苦虫を噛み潰したかのような顔つきではっきりそう答えた。
 いったいどういうことなのか。
 キッチンで天津飯を作っているはずのお母さん。しかしこちらに流れてくる匂いは紛れもなくカレーのものだ。
 俺たちの愛するカレーライスはどこに消えたのか。
 三木はあっけにとられていた。船坂も首を傾げている。
 いったいどういうことだ。
「まあ落ち着けよ栗林。この匂いのことなら、もうちょっとしてから説明してやるよ。今はまだ外にあいつらがいる時間帯だからな。あと20分だけ待ってくれ」
「あいつらって何だ」
「それはそれはもう可愛らしいネコちゃんたちだよ」
 羽田は両手を頭に当てて「ニャア」と言って見せた。むさい男がそれをやっても可愛らしくはなかった。
 20分だけ待て、か。
 居間の時計をのぞき見てみると、時計の針は8時00分を指していた。つまり8時までの間、羽田家はあいつらとやらに監視されているわけだ。
 それまで何をして待てばいいのかといえばやはりご飯をいただくに限る。カレーライスでないのは残念だが腹が減っては戦はできない。
「どうしたんだ物欲しげな顔して。天津飯食べるか?」
「いただけるのならありがたい話だ。さっきはすまなかったな」
 俺は先ほどの非礼を詫びた。
 円滑な人間関係は謝るところから始まる。
 あくまでカレーが食べたいらしい三木、人の家でご飯をいただくのがいけすかないらしい船坂の2人は不満そうだったが彼らにはまた謝っておこう。

 居間の時計が8時ちょうどの音色を響かせた。
 羽田のお母さんからいただいた天津飯に夢中だった俺もさすがに大きな音だったのでそれに気づいた。
 外の家々がざわついている。ドアを開ける音がどこからとなく聞こえてくる。
「この時間になると拳法部隊が交代しやがるんだ。このあたりはみんな引き抜き組の家だからな。拳法部隊は俺たちを見張ってやがるんだ。脱走しないかどうか。母校と連絡をとっていないかどうか。知ってるか栗林。このあたりは妨害電波のせいで携帯電話すら使えないんだぜ。家の電話も存在しない。大阪豊国学園の用意した家だからな。そのあたりは万全なのさ」
 羽田の語り口は自嘲の色を帯びていた。ぺらぺらと早口で語りだしたあたり、よほど鬱憤が溜まっていたと見える。
 俺は何も言わず、羽田の話を傾聴した。
「この家に充満しているカレーの匂いだが、実はこのあたりの家はみんなこうなんだ。エアコンからカレーの匂いが送られてくるんだよ。こうやってカレーの匂いを嗅がせて、無理やり拳法使いにするつもりなんだ」
「つまりカレー屋の環境を人工的に作り出しているってこと?」
「船坂さん正解。そういうこと。カレー拳法は使えないけど肉体に優れた選手を集めて、それを拳法使いにしてしまえば最強の野球少年になるだろ。そいつらが9人集まれば甲子園だって軽い軽い」
 羽田は自分の右腕をぐるりと回した。優れた肉体を持つ選手か。
 ここまで話を聞いてわかってきたことがある。羽田は今の環境に満足していない。
 こうなったらここぞとばかりに聞いてみるか。
「羽田は俺たちのところに戻ってくる気はないのか? そもそもどうして引き抜きに応じたんだ?」
「ははは。質問は1つ1つ分けてくれよな。いいぜ教えてやるよ。もうすぐ交代の拳法部隊がやってくるだろうし、ちょっとは急がないとな」
 羽田は立ち上がって、カーテンの隙間から外をのぞきこんだ。
「まだ大丈夫そうだ。あいつらに聞かれるとやっかいだからな」
「盗聴とかはないの……無いんですか?」
「別に隠さなくてもいいよ。三木七海だろお前」
「わかってたのか!?」
 三木は驚きのあまり持っていたスプーンを天津飯に落とし込んでしまった。
 あんかけにまみれ、どろどろになって汚れてしまったスプーンを三木は拾い上げた。彼がスプーンについたあんかけをなめとると、隣の船坂が得意の肘打ちを食らわせた。確かに行儀が悪かった。
 いけない。時間が無いんだった。
 羽田の話を聞かないと。
「さっきの質問だが……」
「わかってるよ栗林。そうだなまずは俺が千大晴久に戻る可能性だが……率直に言って早く戻りたい。こんなカレー臭い生活はもう嫌だ。家でも学校でもカレーの臭い。気が狂ってしまいそうだ」
「大阪豊国は学校もカレー臭いのか?」
「ああ。しかも食堂はカレーライスのみだ。いくつか種類があれば良いんだがあいにく1種類しかない。理事長カレー600円。それを毎日のように食べさせられるんだ。近所のコンビニに行こうとすれば学校の門は放課後まで閉まりっぱなし。放課後だって先生たちがコンビニで見張ってる。コピー機を使おうとした奴がいたんだが、そいつは取締りを食らって懲罰用のカレー風呂に入れられてたよ。ちなみにこのカレー風呂、生徒寮の大浴場にあるらしいぜ。俺は引越組だから寮生活じゃないけど、一般の生徒はみんな寮なんだよ。俺たちと同じく携帯電話を奪われて、かつ固定電話もないんだ。ところがあいつらは1年の頃から洗脳を受けていて理事長に仕えることを誇りだと思ってやがる。頭がおかしいんだ」
「相当えげつない学園生活を送ってたんだな、お前……」
 謎に包まれていた大阪豊国学園の真実。監視とカレーにまみれたその世界はどう考えても世間に公表できるものではなかった。生徒たちから連絡手段を奪う理由もよくわかる。やりすぎだ。
 いろいろ聞きたいところだが急ぎのことなので次の話題に移らせてもらう。
「2つ目のほうも聞いていいか?」
「いいともさ。引き抜きに応じた理由は簡単なもんだぜ。両親が1000万円を受け取った。ただそれだけさ。綺麗な新居までもらっちゃって、母さんや父さんは何の文句もない。家では鼻栓をつけていればいい。父さんなんか最近はずっと会社で泊まってるからな。母さんもたまに会社に行くぜ。会社に行かない日だって昼間はずっと外出してる。でも俺はダメだ。ここに住んでカレー拳法に目覚めないといけない。もうこんな生活は嫌だよ。助けてくれよみんな……」
 男らしくもない。ポロポロと涙を流すだなんて羽田らしくない。
 こいつはもっと誇り高い奴だった。こいつは『俺がいるから今年は甲子園だな』とか平気で言ってしまうぐらいの誇り高い投手だ。プライドの塊だ。
 三羽烏は――野球少年はみんなプライドの塊なんだ。
 肉体を鍛え上げて、両眼を研ぎ澄ませて、日々研究に勤しんで、そうして出来た身体と精神を基に築き上げられた高らかなるプライド。折れることのない強靭な自尊心はチームメイトの誰しもが大小に関わらず胸に秘めている。
 三羽烏はチームの筆頭だった。だからこそ誇り高い連中だった。
 羽田はその中でも拳法技に頼らない本物の投手だった。プライドの高さは他の奴と比べても段違いだった。
 そんな奴に土下座までさせて救いを請わせた。涙を流させた。鼻をズンズカ言わせた。ひどい。ひどすぎる。
 大阪豊国と野球の試合をすることがあったら絶対にボコボコにしてやる。その時は羽田を中継ぎ投手として登板させてやる。もちろんこっちのチームで登板させる。
 羽田を取り戻す。俺は決めた。
「わかった。十河監督にかけあってもらうよう言ってみるよ。それで無理ならここから抜け出そう。何なら教育委員会に訴えてもいいはずだ」
「ありがてえ。さすがキャプテンだ……」
「いいよいいよ。チームの仲間だろ」
「いやいや。ありがたいよ本当に……そうとも。俺は根っからの千大っ子だぜ」
 久しぶりに羽田の笑顔を見た。
 安心しきった顔はまるで子供のようだった。身長180センチの子供ってのも不気味なもんだが、羽田はそれくらい無邪気に笑っていた。
 振り返れば三木と船坂も微笑んでいた。
 ありがとう川口。来てよかったよ。ちゃんと話を聞くことができて良かった。そうでなければ理不尽な怒りを燃やし続けていたところだ。羽田は心の底から裏切ってなかった。心が千大晴久にあるのなら身体もそうあるべきだ。
 どんな手を使っても羽田を取り戻してみせる。戦力になれない俺がチームに貢献できるとすればおそらく今しかない。羽田を奪還して甲子園に行こう。三羽烏が揃えばそれは夢物語でも何でもない、きっと確定している未来だ。


おそらくは続きます。

03 : 56 : 19 | 小説(未完成・製作中) | トラックバック(3) | コメント(0) | page top↑
<<6月25日の軽戯言 | ホーム | 10月23日の軽戯言>>
コメント

コメントの投稿














管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://naisyodazo.blog35.fc2.com/tb.php/699-00c95aa2
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
たった10分でセクハラエロ上司を黙らせます!
もしもあなたが、職場の上司から毎日執拗に幼稚で不当なイジメを受けていてとても我慢できない状況ならちょっと待ってください。会社を辞める決断をする前にお教えしたいことがあります。 驚異のパワハラ&セクハラ円満解決法【2011/04/25 08:02】
3つのステップであなたの欲望の奴隷を作る洗脳術
あなたは出会いがないと言って恋愛の入り口にすら立てていない状態ではありませんか?また出会いはある、でもいつも見てるだけ!可愛いと思ったけど俺には無理だからと諦めていませんか?あなたはターゲットにしている女性を落とせていますか?女性に不自由にしていません... 美女洗脳メール術【2011/04/28 08:53】
身長を伸ばしたくてお悩みではありませんか?
「あと5cm!身長が欲しい・・・」とお悩みですか?それならば、何歳になっても背が伸びるモデルの身長UP法をお教えします。なぜ、何年も背が伸びていなかったのに身長が伸びたのかその方法を初公開していきます! 身長アップ↑モデル伸長法【2011/05/05 08:33】
| ホーム |

プロフィール

羊ケ丘クリキントン

Author:羊ケ丘クリキントン
 赤いサンタクロース。

 基本は突撃!ファミコンウォーズシリーズの攻略ブログだったんですけど、もう見る影もないような。
 攻略情報は残してあるので「突撃」カテゴリからどうぞ。

最近の記事

最近のコメント

カテゴリー

月別アーカイブ

カウンター

設置平成17年9月19日

ブログ内検索

リンク

このブログをリンクに追加する

RSSフィード

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。