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【小説】男どアホウ放送部 パート1

 1.放送部ってどんな感じ

 本館二階の突き当たりに通うようになってから一年が過ぎた春の頃。
 栄えある放送部員として「二年目」の重責を担うことになった俺たちは、代わって奴隷のように働いてくれる新入部員を勧誘するため、生徒会主催のとあるイベントに参加していた。
『続いて、野球部の紹介です』
「どうもー! 野球部でーす!」
 頭をくりくりさせた年長の野球部員たちが、元気よく壇上にあがっていく。
 ウチの学校は伝統的に体育会系の部活が強いので、多くの新入生がそちらの道に進む。だから彼らの部員不足への危機感は極めて薄い。
――新入生を対象とするクラブ説明会。
「体育館に集められた三二〇人の新入生が見守る中、各部活を代表する『人生の先輩たち』が様々なスベリ芸を披露する。時には笑いも巻き起こったが、おおむね無理にギャグを言って自己満足に浸るばかりで、満足な説明ができている部活はほとんど無いに等しかった……」
 皮肉屋の松岡に言わせれば、大体そんな感じのイベントだ。
 では俺たちの部活紹介はさぞかし面白かったのだろうなと訊かれると……若干答えに詰まる。
『野球部の皆さん、ありがとうございました』
 女性らしい麗らかな声色。
 加地前先輩の司会進行はいつもながら安定している。俺も見習いたい。
 そうなのだ。俺たちはこのイベントに『参加している』といっても、あくまでイベントの進行役としての『参加』であって、放送部はこの大規模イベントの中でほんのわずかな自己紹介の場すら与えられていないのだ。
「ひどい話だよね。せいぜい最後に司会進行は放送部でしたって言えるくらいだもん」
 ミキサーに頬杖をついて、ため息を吐く東野少年。
 肩のあたりまで髪を伸ばしているように見えるが、あれは松岡が用意した一種のエクステによるものだ。
 おかげで今の東野は喋らなければ立派な女子部員のように見える。
「でもさ、だからってミキサー席のボクをこんな風にする必要があるのかな」
「誰が喋って良いと言った、東野」
「どうせ外からは聞こえないでしょ。野太い声で悪かったね」
 松岡とのやり取りに若干の苛立ちを感じとる。東野としては女性の格好をするのは不愉快らしい。当たり前といえばそうかな。
「いいか東野。全ては可愛い後輩を得るためなんだ……」
 松岡は一時間前に力説した内容をもう一度東野に伝えようと試みる。
 さっきも言った通り、ウチの学校は伝統的に体育会系が強い。そのため文化系のクラブはたいてい深刻な部員不足に陥っており、この春の時期には毎年のように数少ない文化系志願者を奪い合うゼロサムゲームを展開している。
 ちなみに昨年度、吹奏楽部は新入生が二人だったらしい。元々いた三人と合わせて五人でブラスバンドをやっている姿はとても哀愁を帯びたものだった。
 なお、体育会系の応援活動は以前より別組織の『応援団』に一任されていたため、吹奏楽部が衰退しても特に差し障りはなかったそうだ。
「ありがたいことに放送部には僕たちがいた。しかし今年もそれが続くかどうかはわからない」
 もしかしたら一年生が一人も入って来ないかもしれない、と松岡は続ける。
 だから彼は東野に女子の格好をさせて、ガラス窓のミキサー席に配置した。
「そう、全ては可愛い後輩を得るためなんだ……」
 やたらと気合を入れている様子の松岡。珍しく目に生気がこもっている。
 いつもは部室で「女なんかクソ」だとか言ってるくせに、いざとなったら女子部員が多いという偽装まで行って女の子を部に入れようとしているのだから、こいつは本当に何というか……不器用な奴だ。
『――以上でクラブ説明会を終わります。この後の文化系クラブの説明会に参加する生徒は、いま先生に申し出てください。本日の司会進行は放送部でした』
 いつの間にかイベントが終わっていた。
 加地前先輩、お疲れ様でした。俺たちは体育館の放送室で喋ってるだけでした。
『そうそう。最後に手前味噌ではありますが――放送部をよろしくお願いしますね!』
 加地前先輩!?
「ねじ込んできたね!」
「おお……馬鹿にできないな、あの人」
 東野と松岡の表情がわずかにほころんだ。
 俺はガラス越しに、司会席でペコリと頭を下げる加地前先輩の姿を見つめる。
 こんなのはあの人の呑気なキャラクターでないとできない芸当だ。もし俺がやっていたら、学年主任の堀内あたりに殴られていたんじゃないだろうか。

 かくして全員参加イベントの理不尽さに一矢報いた形となった俺たち放送部だったが、残念ながらその後に行われた文化系クラブの説明会には参加できなかった。
 なぜなら俺たちには後片付けという大事な役目があったからだ。
 会場設営と司会進行。放送部に求められる務めは重く、これらは他の部活にはないもので、だからこそ部室棟よりも教室に近い本館の二階という素晴らしい場所に部室が提供されているともいえる。
 実際は単に校内放送の設備としての『放送室』が本館にあるだけなんだけどね。
 そんなこんなで、体育館からの帰り道。
 ふと、マイクスタンドを持った東野がこちらに顔を寄せてきた。
「ねえ古城。今日はどうして葛西さんがいないの?」
「………………」
 可愛い顔が近づいてきてトギマギしたのもつかの間、俺は舌先の方向性を見失うことになった。わかりやすくいえば、俺は何を言っていいのかわからなくなってしまった。
 放送部には現時点で五人の部員がいる。
 古城敬、東野鼎、松岡洋祐、加地前理子(かじまえりこ)、そして葛西祥子(かさいしょうこ)。
 このうち三年生は加地前先輩だけで、あとはみんな二年生だ。
 だから葛西さんは俺たちの同級生にあたる。
「ええと……東野にはわからねえの?」
「わからねえね。そんなに副部長になれなかったのが悔しいのかなあ」
 立派にわかってんじゃねえか。
 東野の言う通り、葛西さんは副部長になれなかったショックで、昨日部室を出ていったきり俺たちの前に姿を見せていなかった。
 過去一年間、それなりに関わってきた俺から言わせてもらえば、彼女は何というか、非常に面倒くさいタイプの人間らしい。
 外見だけは顔からスタイルまで「年相応」に完璧で、正直どこに持っていっても大丈夫なのだが、とても向上心が強く、ちょっとした失敗が許せない人物。異様に気が小さいのも特徴ですぐにヒステリーを起こす。
 極端な自己成長オタクで、とにかく自分が成長することしか考えていない。
 あまり人の悪口は言いたくないけど、松岡から話を聞く限りは誰が相手でもそんな感じの態度をとるみたいだし、正直良い人ではないのは確かだと言わざるを得ない。いつも悪態ばかりついてるし。
 そんな葛西さんが放送部に入った理由は『部長になる』ためだった。
「部長になれば内申点が五点もらえるんだっけな。ホント安い女だよ」
 松岡が話に入ってきた。
「洋祐、あんまりそういう言い方は良くないよ……?」
「東野だって邪険にされてただろ。僕はあいつが大嫌いなんだ」
 そう言って軽く舌打ちする松岡。
「そうかな。ボクは嫌いじゃないよ。努力している人は無条件で尊敬できるもん」
 うってかわってニッコリと笑ってみせる東野。
 なるほど、そういう見方もできるのか。
 確かに葛西さんは独善的な人物ではあるけど、日々の発声練習では人一倍頑張っているように見えるし、勉強のほうも特進クラスだけあって相当点数が良いと聞いている。
 そういえば前に「将来は京都の国立大学で歴史の研究がしたい」とか言ってたっけなあ。
「ねえねえ、みんなで先輩をおいてけぼりにして、何の話をしてるの?」
 先頭を歩いていた加地前先輩がこちらに寄ってきた。
「僕が副部長に相応しい人間だと、左右の男どもから称賛を浴びていました」
 松岡の切り返しに加地前先輩は大笑いする。
「はははは! わたしが適当に直感で決めただけなのに!」
「え、そうだったんですか……」
 俺は思わず苦笑いしてしまった。松岡や東野も似たような反応だ。
 加地前先輩、いつも呑気で楽しい先輩なんだけど、クラブの部長に相応しい『人を束ねる才能』には恵まれていない女性だ。松岡に言わせれば「致命的に空気が読めない」らしい。
 それでも許してしまえるのは、彼女の明るさ、あるいは器量の良さの賜物だろうか。
「しかしまあ、もし祥子ちゃんが放送部を辞めたら、わたしの逆ハーレムだね!」
「周りがみんな男ばかりだから、逆ハーレムですか」
 松岡の冷めた口調が少しばかり耳に障る。
 しかし加地前先輩はまるで気にしていない。
「そうだよ! やだ! わたしってば必然的にモテモテになるわね!」
 嬉しそうに身体をよじらせる先輩。
「そうとは限りませんよ……僕なら東野を選びますし」
「「えっ!?」」
 東野と先輩は同時に声を上げた。俺もちょっとビックリした。
 松岡のことだからどうせいつもの軽口だとは思うけど、彼の隣で顔を真っ赤にしてあたふたしている東野の姿はなかなか見物だった。あれで声がウォーシップガンナーの筑波大尉じゃなかったらなあ。
「じゃあ、わたしにはもう古城くんしかいないの……?」
 松岡に振られた先輩はすがるような目つきで俺の顔をじっと見つめてくる。
 なるほど、これが噂に聞く『上目遣い』という奴なのか。恐ろしい破壊力だ。右胸がドキドキして仕方がない。中身が若干アレな加地前先輩でこれだけの威力なんだから、もっと普通の女の子がやったらどんな男でもイチコロなんじゃないだろうか。できればクラスメイトの田村さんにこれをやってもらいたい。
 とはいえ消去法で選ばれても全く嬉しくないので、俺からも少しだけいじわるを言わせてもらうことにする。
「いや、俺も東野が良いですね」
「な……なんで!? 古城くんなんで!?」
 心底絶望したような表情でうなだれる加地前先輩。
 一応美人さんなんだし容姿には自信があったんでしょうね……ごめんなさい。
「うーん……ボクは古城は嫌かな」
 一方で、片耳から聞こえてきたのは、東野からの拒絶の言葉。
 どうやら俺は東野に振られたらしい。別に悔しくなんかねえよ!

 気落ちした加地前先輩の小さな背中をさすって差しあげながら、俺たちは放送室まで戻ってきた。
 本館二階の突き当たり、D号階段の真横。
 いつ見ても不格好な『放送部』の看板に頭を下げつつ、俺はドアノブに手を当てる。
「お帰りなさい、加地前先輩」
 ドアを開けると、部室の中で二つくくりの女の子が仁王立ちしていた。
 松岡と同じくらい生気のない目つき。あの東野よりも整った顔立ち。そして加地前先輩よりも女性的な立ち姿。外見だけならどこに持っていっても大丈夫な同級生。
 どこからどう見ても葛西さんだ。
「祥子ちゃん! 戻ってきてくれたのね!」
 一人、ウキウキした様子で葛西さんに近づく加地前先輩。
「再会を祝して! ハグしましょ!」
 先輩はそのまま彼女に抱きつこうとしたが、すんでのところで避けられていた。
「なんで!?」
「暑苦しいのは苦手です」
 葛西さんは「ふう」と一息ついた。
 ちょっと動いただけなのに、ずいぶん仰々しい振る舞いだ。冬服のポケットに手を入れて、顔を少しうつむかせて、何というか先輩を相手にする態度ではない。
「――それと先輩。私、別に部を抜けたつもりはありませんから。むしろそこの松岡よりも役に立つ仕事をやっていたところです。だから評価してくださいね?」
 真顔で言ってのけた葛西さん。
 評価っておいおい、そんなの自分から言うもんじゃないだろうに。
 加地前先輩、目に見えて困惑してるじゃないか。
 後ろにいる松岡と東野も顔を見合わせている。
「ええと……じゃあ、わたしたちが体育館でイベントの裏方をやっていた間、祥子ちゃんは何をやっていたのかな?」
「それについてはこちらをご覧ください」
 葛西さんはスカートのポケットから一枚のSDカードを取り出した。
「東野、古城、映像を出すからノートパソコンを用意して」
「それくらい自分で持ってこいよ、葛西」
 俺は反射的に文句を言ってしまう。
「うっさい! 言うこと聞け!」
 おお、怖い! 何より葛西さんも放送部だからか声量がすごい!
 ちょっとチビりそうになった。
「わかったわかった。ボクが持ってくるから……葛西さんも評価してよね?」
 そんな軽口を叩きつつ、東野はスタジオから一台のノーパソを運んでくる。
 しかしまあ……こんなギスギスした空気の部室に、純粋な新入生なんて到底入れられないな。もし見学希望者が来たら、後日また来てもらうようにしよう。
「持ってきたよ! 電源コードも用意したよ!」
「はい。それで、この私のSDカードですが……よいしょっと」
 東野の頑張りには目もくれず、葛西さんは用意されたノートパソコンをちょいちょいと操作し始める。
 すると、ノーパソの画面上に動画再生用のウィンドウが現れた。
「では……どうぞ、先輩」
 葛西さんが画面から離れる。どうやら準備ができたらしい。
 机の上のノーパソに放送部のみんなが注目する。

『はじめてのほうそうぶ』

 意外にも無垢なタイトルコールから動画は始まった。
『新入生の皆さん、こんにちは。放送部の葛西祥子です。今日は新入生の皆さんに放送部の活動について簡単にご説明したいと思います。もし興味を持っていただけたら、ぜひ放送部に遊びに来てくださいね』
 画面上の葛西さんがわずかに笑みを浮かべる。
「普段あれだけ仏頂面だと、笑うのも一苦労なんだろうな……」
 そんなセリフが後ろから聞こえてきた。どうせ松岡だ。
 でも、やっぱり女の子って笑ったほうが良いな。画面上の葛西さんはいつもの何倍も魅力的に見える。
「ねえ葛西さん」
「なにかしら、東野」
「もしかしてこの動画、新入生説明会のために作ったの?」
 東野って妙に鋭いところがあるよなあ。
 俺たちの後ろでポケットに手を突っ込んで立っていた現実の葛西さんは、彼の質問に小さくうなづいた。
 なるほど、どうやら彼女は俺たちが出られなかった文化系クラブの説明会に個人で参加していたらしい。そんな話は全く聞いていなかったので、完全なサプライズだ。
 ふと現実の葛西さんに目をやると、俺に気付いた彼女はぷいっとそっぽを向いた。
『まず放送部といえばDJ放送です』
 再生画面が放送室のスタジオ風景に切り替わる。
 卓上のダイナミックマイクを中心とした撮り方だ。
『DJ放送にはこのマイクを使います。お昼休みにスピーカーから聴こえてくる私たちの肉声は、基本的にこのマイクから発信されます。逆にインフォメーション放送をする時はあちらのマイクを使います……』
『そう、これです』
 ここで画面が葛西さんの自分撮り状態になる。
『さっそくやってみましょう。えーと……連絡します。二年三組の松岡くんは至急校長室に来てください。退部届がまだ提出されていません。繰り返します……』
『このような具合で放送しています。実際にやる時はこっちのボタンを……』
 細かい説明はともかく、放送の内容には彼女の私怨がこもっているように見えた。いつ撮ったんだろ。
 しかしカメラが近いのに崩れない顔立ちだな。至近距離でこれは相当凄いんじゃないだろうか。これだけ美人なのに気が短いってのも珍しい気がする。容姿の優れた人は周囲からちやほやされるから、自然と優しくなるものだと松岡から聞いていたけど……そもそも当のあいつが男前な癖にアレだからなあ。
「容姿……か」
 正統派美少女(葛西祥子)。
 黙ってれば可愛い(加地前理子)。
 紅顔の少年(東野鼎)。
 クソみたいな男前(松岡洋祐)。
 姉曰く手の施しようがない(古城敬)。
 ふと、俺は自分以外の放送部員の容姿レベルの高さを再認識してしまい、無性に壁を殴りたくなった。でも放送部の壁は防音壁で、すぐ壊れちゃうからそんなことできない。もどかしいぞコンチクショウ!
『続いて、放送部の課外活動についてご説明します』
 再び画面が切り替わる。
 ここからは葛西さんの自分撮りではなくデジカメで撮った写真がメインになっていた。
『私たち放送部は、学校行事のアシストを任されています。具体的な例を挙げるなら、式典の司会や運動会の実況といったところがわかりやすいでしょう』
『司会だけでなく、会場の音響調整や使用するマイクの準備も私たちの仕事です。表に出るのが恥ずかしいという人もこっちの仕事なら大丈夫ですね』
『また私たちは、毎年六月にBコンという大会に出場しています。Bコンは馬場町全国放送コンテストの略称です。Bコンではアナウンス原稿を読んだり、ラジオドラマを提出したりして、優秀賞を争います』
『地方大会で良い成績を得ると、東京で行われる全国大会に出場することができます』
『難しく考えることはありません。経験豊富な先輩たちがしっかりと指導してくれます。私も微力ながらサポートするつもりです……』
 動画はここで終わっていた。
 あろうことか「ブツ切り」だった。
 葛西さんの語り口が流暢だったこともあり、動画がまだまだ続くものだと想定していた俺たちは、突然のブツ切りに驚きを隠せないでいた。
「あれ……ここで終わりなの?」
 加地前先輩が指摘の口火を切った。
「終わりというか、今ちょうどここまで作ったところですから」
 そう平然と答えてみせる葛西さん。
 ちょうどここまで作ったところ……ですと?
「つまり、剣道場でやってる文化系の新入生説明会には提出できずじまいってこと!?」
「一応そういうことになりますね」
「そういうことって、ずいぶんもったいないことしたのね……」
 口惜しそうな顔の加地前先輩。
「でも……我ながら頑張ったのは確かです。だから先輩――」
「へ?」
 葛西さんはおもむろに加地前先輩に近づいて、つぶやく。
「――評価、してくださいね?」
 その目は笑っていなかった。
 右手の人差し指で、先輩の剣状突起を一つ、二つと突いた葛西さんは――まるで死刑宣告をしているようだった――そのまま仏頂面で放送室を出ていった。
 去り際、彼女の二つくくりの後ろ髪が、わずかに揺れているように見えた。
 だからといって、別にどうということはないのだけど、どういうわけか、その様子が俺の目に焼きついて離れなかった。
「ええ……えええ……」
 後に残された加地前先輩の不安そうな表情を見過ごすわけにはいかず、俺と東野はポケットからお菓子を取り出して先輩の機嫌を取ることにした。先輩は森永のムーンライトクッキーが大好きだ。ポケットの中のビスケットは八つ……つまりバラバラだったけど、別段構わず、口の中に差し上げた。
「だから、僕はあの女が嫌いなんだ!」
 松岡は葛西さんが出て行ったばかりのドアに、大きな罵声を吐いていた。
 副部長であるがゆえに彼女の恨みを一身に受けている松岡の気持ちは俺にだってわからなくはないけど、廊下に向けてそんなことを叫んでたら入部希望の新入生なんて来るはずもないし、正直やめて欲しい。
「洋祐! そういうのは良くないって!」
 東野が止めようとしたが、松岡は彼の手を振り払った。

 結局、この日は見学希望者が訪れず、平常通りの部活になった。
 帰り道。駐輪場で加地前先輩と別れた俺たちは、春先の薄暗い夜道を三人でのんびりと歩いていく。
「いずれ、僕の後ろを可愛い後輩がついて歩く日が来るはずだ」
「そうなればいいけどねー」
「他人事みたいに。東野にだって色々と手伝ってもらうぞ。とにかく部員を集めるんだ」
「はいはい。ボクはエクステの出番がないことを草葉の陰で祈ってるよ」
 松岡と東野がペチャクチャと喋っている。俺はその後ろをフォローする。
 こいつらとは駅までの仲だ。
 JR四条畷駅から先は、俺だけ一人きりで帰ることになる。
 ごくたまに、とある古い友人と帰路を共にすることがあるけど、これは本当に運が良い時だけなので想定の内に入れるのはよろしくない。
 もし放送部に新入部員が入ってくるなら、その中に一人でもいいから一緒に京橋方面の電車に乗ってくれる奴がいたら嬉しいな……。
 そうこうしているうちに四条畷駅が見えてきた。
「うわっ、やっぱり京橋方面は満員だね」
「古城は毎日可哀想だな。古城らしいといえばそうだが」
 好き勝手言ってくれる松岡を睨みつつ、俺はポケットから定期入れを取り出した。
 有効期限は四月十三日までか。そろそろ更新しないとなあ。

    ☆    

 突然だが、放送部の仕事は基本的にさほど忙しいものではない。
 せいぜいイベントの前後に駆り出されるくらいで、普段は部員たちの自由が効く部活だ。
 昼休みのDJ放送にしても部員が自主的にシフトを埋めていく形で決めているし、時には週に一度もDJをしない日だってある。もちろん他の仕事を担当するので部室には来るけどね。
 放課後も課題の発声練習さえ終えたら、後は何をしても部員の自由、ということになっている。
「だからってみんな速攻で帰ってしまうのはどうかと思うけどな……」
 四月のある日。
 文化系クラブの新入生説明会をすっぽかしたおかげか、あるいは副部長が廊下に向けて暴言を吐きまくったせいか――相変わらず新入部員がやってこない我が放送部は、ある種の開店休業状態に陥っていた。
 本来ならこの時期は、新入部員を戦力化するための教育期間に当たる。
「まずコードの巻き方から始めて、インフォメーションのイロハ、発声練習のやり方、DJ放送に使用するレンタルCDの領収書の取り方……教えることはたくさんあるはずなのになあ」
 肝心の新入生がいないんじゃ、どうにもならない。
 誰もいない部室で、俺は一人のんびりとすることにした。
 すぐに帰ってもいいのだけど、もし見学希望者がやってきたとしたら、その時誰もいませんでしたでは言い訳がつかない。ある程度の時間まで残っておくべきだろう。
「でも暇だな……ポスターでも書くか……」
 適当なコピー用紙を机に置いて、俺はどんな絵を描くか考える。
 残念ながら古城敬という人間はあまり絵心に恵まれていないため、描けるといってもせいぜいマイクくらいだ。
 加地前先輩や去年卒業された先輩たちのように漫画っぽい絵を描くのは到底難しい。
「……漫画か。懐かしいな」
 先代の先輩たちはみんな濃いキャラクターの持ち主だった。
 皆さんとても個性的な方々で、俺も毎日楽しく過ごさせていただいたが、一方で彼らには、それぞれの人間関係が――その特異なキャラクターが許される空間、すなわち部室の中で完結してしまっている節があった。そのためか、当時の放送部はあまり世間一般に開かれた部活とは言い難かった。
 一般の生徒とほとんど交流のない人間たちが楽しく校内放送をしていたところで、大衆からまともに興味なんて持ってもらえるはずもなく、それをいいことに先輩たちは校内にアニソンを流しまくっていた。
 あの頃はあんまり評判が良くなかったなあ、ウチの部。
「ふむ……まずは放送部=オタクという固定観念を一掃すべきなのかもしれないな」
「そうね。イメージを切り替えてしまうべきでしょうね」
「か、葛西さん!?」
 いきなり話しかけられてビックリした。いつの間に部室に来てたんだ。
「野球部を始めとする体育会系が幅を利かせているウチの高校において、オタクのイメージはずばり醜悪そのものよ。もちろん運動部員にも隠れた趣味人はたくさんいるだろうけど、わかりやすいオタクが嫌われているのは確かだわ。もし放送部にそういうイメージがあるのなら全部変えてしまうべきよ」
 葛西さんは学校指定のカバンを部屋の端に置き、俺の対面に腰を据える。
 わずかにリンスのような匂いが鼻腔をくすぐった。
 今日の葛西さんはどういうわけか髪の毛をくくっていない。先生に見つかったら大目玉は必至なはずなんだけど、どうやってあの監視網を掻い潜ってきたんだろう。
――はてさて話を戻そう。
「オタクというより、オタクっぽい容姿の人間が嫌われてる気もするけどな」
「一理あるわね。その点、今の放送部は『古城を除いて』問題ないから大丈夫でしょう」
 俺の乾いた胸にグサリと刺さる一撃。
「いや、俺自身はギリギリセーフだと信じているぞ……」
「そういえば、何に影響されたか知らないけど、二年生になってから『俺』とか言い出して、喋り方も微妙に熱血系の主人公を目指して失敗したみたいになってるけど、古城にはどちらも不適当よ」
 ぐっ……いちいち痛いところを突いてきやがる。同じ部員でも松岡と東野はあまり触れずにいてくれたのに。そりゃ加地前先輩は普通に弄ってきたけど、まさか業務以外でほとんど喋ることのない葛西さんからダメ出しされるとは思わなかった。
「――それで、古城はどうして喋り方を変えたの? 何の影響?」
 対面からじっと見つめられる。
「いや、影響というより、単に後輩にバカにされたくなかっただけだよ……」
 この学校は体育会系が強いこともあって中堅校のわりに荒々しい生徒が多い。
 だから新入生に備えて、対抗手段として口調を変えたのだ。
「ああ、なるほど」
 葛西さんは合点が行った様子。
 ちなみに彼女は、自分の地位や名誉に関わることがなければ、そこまで変わった子ではない。
 普通に会話はできる。ここ重要。
 ただ、近くに先輩がいたり、顧問の若松先生が部室に遊びに来ていたり、テスト対策の頃になったりすると、何を話してもほとんど相手をしてくれなくなる。
 もっとも興味のある話題でないと返事をしてくれないのはいつものことなんだけど……。
 あくまで彼女は自分本位な人間だ。加えて独善的で許容力がゼロに等しい人物なので、俺としてもあまり関わりたい相手ではなかったりする。
 すぐにキレるし、機嫌が悪くなったらなかなか直らない。
 そのくせ人が怒るポイントをあまり理解していない。
『あの女は遠くから眺めるのが一番』とは知り合いの副部長の言葉である。
 ま、そもそも彼女がこうやって俺に話しかけてくること自体が珍しいんだけどね。いつも放課後は発声練習だけしてすぐに帰っちゃうし。
「ところで、古城は何をしようとしていたのかしら?」
 またもや話しかけられた。
「一応ポスターを描こうと思っていたところ……だ」
「……ふふ。無理しちゃって」
 なんか笑われた。
 すごい。眠気が吹っ飛ぶほど可愛かった。視界に白い花が咲いた。
「いや無理なんかしてないっての!」
「いつも通りでいればいいのに」
 ニッと白い歯を見せつけられる。
 な、何がどうなってるんだ!?
 あの仏頂面の彼女にいったい何があったんだ。さっきから。
「ええと……どういうつもりなの?」
 俺はストレートに聞いてしまった。
 対する葛西さんの返事はこうだ。
「別に、古城を味方につけておいて、松岡に対抗しようと考えているだけだけど……笑えばいいんでしょ?」
「おおう……」
 彼女もまた直球だった。ちょっとぐらいシュート回転させてくれてもいいのに、ストレートすぎて逆にわけがわからない。
「古城はどう思うの? 副部長はあの人で良いと思う?」
「松岡のことなら、あいつはあれで仕事には真面目だから適任だと思うけど……」
 俺の言葉に偽りはない。悪態ばかりついているあの男も仕事に関しては面倒見が良い。放送設備に詳しいのも彼の長所だ。
「でも性格は破綻してるでしょ。あの男に人をまとめる才能はないわ」
 言い終えてから、葛西さんは物憂げに「ふう」とため息をつく。
 うーん。なんというか……。
「……ちゃんと鏡を見たほうが良いと思うよ」
「鏡? 人の外見とリーダーとしての内面的資質に、何かしら相関性でもあるの?」
 真顔で睨まれる。怖い。
 このままだと地雷を踏みそうだし、ここは一つ話題を変えたほうが良さそうだ。
「そ、そんなことより発声練習しないか?」
 俺は席を立ち、スタジオのドアを開けた。

 放送部員にとって発声練習は日々の要である。
 部室奥のスタジオには、そんなスローガンの印字されたポスターが所々に張ってある。
 これらは俺たちから数えて五つ上の学年の先輩たちが、間違って大量に印刷してしまった新入生勧誘用のポスターを面白がり、セロハンテープで壁に張りまくったのが始まりらしい。
 以前はもう少し多かったのだけど、去年の夏に松岡が「視界の邪魔だ」と言ってほとんど剥がしてしまった。
 今ではドアの前の一枚と、パソコンの近くの一枚が目立つぐらいだ。
「探せば荷物の裏なんかにまだまだあるかもしれないけどね……」
「古城、発声始めるなら早くして」
 葛西さんに急かされた。
 彼女は壁に向かって小さく息を吐く。おそらく呼吸を整えている。
 俺も同じように壁に向かう。
「古城、ストップウォッチを忘れてない?」
「ちゃんと持ってるよ!」
 あわててポケットからストップウォッチを取り出す。
「じゃあ、行きます!」
 俺は大きく息を吸ってから、親指でスタートボタンを押した。
 今日の目標は三〇秒。
 一息で声を出し続ける。
 ただひたすらに大声で、腹から怒鳴りつけるように。
 この腹式呼吸というやつがなかなか難しい。
「……ふう」
 限界まで声を出し終えたぐらいに、再びボタンを押す。
 ストップウォッチの表示は『二九秒三七厘』だった。
 もう少しで三〇秒だ。次はもうちょっと粘ってみよう。
 リラックスタイムに入った俺の後ろで、葛西さんはまだ声を出し続けていた。
 あの背中の姿勢の良さは、育ちの良さからだろうか。
「……四七秒。加地前先輩にはまだ遠いわね」
 悔しそうな表情を見せる葛西さん。
 加地前先輩は平気で一分半とか超えちゃう人なので、個人的にはあまり比較対象にならないと思うのだけど、葛西さんとしては一つの超えたい壁のようだ。
 それから何度か声出しをやった俺たちは、続いて発音の練習をすることにした。
 A・E・I・U・E・O・A・O。
 独特のリズムで「アエイウエオアオ」から順番に変則的な五十音を口にしていく。
 ワ行で五十音が終われば、次に待っているのは「キャキェキィキュケキョキャキョ」だ。
「ピャピェピィピュピェピョピャピョ! はあ!」
 そんな具合で全部やり終えた頃には、ちょっとした満足感が得られる。
 もっとも発声練習はこれだけでは終わらない。
 早口言葉を言ったり、加地前先輩がその上の先輩から習ったよくわからない練習をしたり、落語の一説を諳んじてみたり……やろうと思えばどこまでも続けられる。
 でもまあ、毎日のことなのでそのあたりは加減の問題だ。
「今日はこれくらいにしておこうか、葛西さん」
 俺はここでギブアップさせてもらうことにした。
 葛西さんはまだ続けるみたいなので、俺は彼女の邪魔にならないようにスタジオを後にする。
 部室に戻ると、いつもの三人がトランプをしていた。
 どうやら大富豪をやっているらしい。簡単に説明すればルールに則って手札を捨てていくゲームだ。
「フハハ、ここで一を出すのが正義ってもんよね!」
「じゃあ僕はその上に二を出しますね」
「ちょ、ちょっと東野くん! 松岡くんがわたしをいじめるんだけど!」
「ははは……あ、それボクが八切りしますね」
 考えもなしにどんどんカードを切っていく加地前先輩。
 ポーカーフェイスで冷徹にゲームを進める松岡。
 そしていいように使われつつも自分の取り分は確保している東野。
 何というか、戦い方にそれぞれの性格が出ているようだった。
「あ、ワンゲーム終わったら古城もやる?」
 東野に誘われる。手札をちらりと見せてもらったけど、ビックリするぐらい弱かった。
「いや……俺はポスターを描くよ」
「ポスター? ああ勧誘用のやつか」
 松岡が口出ししてきた。
「そんなの後にして古城もやろうよ。三人だと手札が多くて大変なんだ」
 さっき見せてもらった手札を改めて見せつけてくる東野。処分に困った単発手札がいくつも軒を連ねていた。確かにこれは大変そうだ。
 しかし、だからといって、隣の部屋で真面目に発声練習をしている人間がいるというのに、その横でガラス越しに――まるで彼女に見せつけるような形で、トランプで遊ぶわけにはいかない。
 別に先輩や松岡たちを強く責めるつもりはないし、彼らだって悪気があってやってるわけじゃないんだろうけど、残念ながら今だけは彼らのお仲間になりたくなかった……。

「…………はえ!?」

 どういうわけか、そんな言葉が胸をついて出てきた。
 あまりに自然に出てきてしまったので、自分としてはさほど違和感がなかったのだけど、我ながらずいぶんと変な発音だったようで、机でトランプをしていたお三方の目線がこちらに集中してしまっている。
 そんなことより――俺は今、気づいてしまった。
 自分が知らぬ間に、心の中で葛西なんかの味方をしていたということに。
『笑えばいいんでしょ?』
 彼女の言ったことは一〇〇%正しかった。
 彼女はその笑顔を見せるだけで人を無意識に味方にできる。
 葛西祥子は守るに値する人間である、と思い込ませることができる。
 あれだけ自分勝手な人物なのに――俺だって今までそれなりに悪い気分にさせられてきたのに、ただ笑うだけで全部が帳消しにされてしまう。それ以上の感情が沸き起こる。
「先輩、美人って怖いですね……」
「あらあら! 古城くんったら嬉しいこと言ってくれるのね!」
 残念ながら、ニコニコ笑顔の先輩を見ても特に思うところはなかった。

    ☆    

 駅のホームで電車を待っていると、不意に背中を触られた。
 まさか……痴漢!?
「敬ちゃん、背中がお留守だよ」
 背後から聞こえてきたのは優しそうな女の声だった。
「……なんだ早苗か」
 ビックリさせやがって。
 心の中でそう悪態をつきながら、俺は自分の頬が緩んでいくのを実感していた。
 久しぶりにこいつと会えた。
「おっ、ご機嫌さんだね」
「今日はいつになく運が良い日みたいでね」
「家近いのになかなか会えないもんねえ」
 彼女はニヒヒと笑う。
 小さい頃から全く変わらない笑い方にこちらもニヤリとさせられる。
 遠山早苗(とおやまさなえ)。古城敬という人間にとって、ほとんどただ一人の『幼馴染』だ。
 もっともまともに交流があったのは小学校までで、中学以降は別の学校に行ってしまったこともあり疎遠になっていた。
 こうしてたまに会う機会ができたのは高校生になってからだ。
 まあ機会といっても、彼女の通う「私立四條畷学院高等学校」と俺の通う「府立江袋高校」がたまたま近所にあって、最寄駅が同じなのでごく稀に会うことがあるというだけなんだけど、それでも昔馴染みに会えるのは単純に嬉しかった。
『まもなく一番乗り場に各駅停車・西明石行きが七両で参ります』
『危険ですからホームの内側へお下がりください……』
 ラッシュアワーの片町線はサラリーマンでいっぱいだ。
 満員電車、どうにか電車の隅に居場所を確保した俺たちは、向かい合って話を続ける。
 周りは見知らぬ人々で埋め尽くされており、さながら矮小な空間に二人きりで閉じ込められたような気分だ。
 やがて電車は動き始め、暗い車窓は野崎の街を映すようになる。
「敬ちゃんは最近どう?」
 唐突な質問だった。
「どうと言われても、また俺が愚痴を言うパターンになりそうなんだけど……」
「吐いてすっきりしたらいいじゃん。敬ちゃんの話を聞きたいな」
 彼女はまたニヒヒと笑う。
 そう言われたら、こっちも言わせてもらうしかない。
「うーん。最近は部活も暇かな。新入生が入ってきたら変わるだろうけど」
「ほうほう」
「後は副部長の座を巡ってちょっとしたトラブルがあったり」
「トラブルって?」
 早苗はきょとんとした表情を見せる。
「葛西さんが……松岡が副部長になったのを怒ってるんだよ」
「ああ、葛西さん。前にも敬ちゃん言ってたね、変わった人だって」
 変わった人というか、もっとキツいことを言った覚えがある。
 どうも早苗を前にすると愚痴のタガが外れてしまう。俺の悪い癖だと思う。早苗だって疲れた身体で帰路を迎えているに違いないのに、全くもって申し訳ない気持ちだ。
 それにしても俺はどうしていつも彼女に愚痴ばかりこぼしてしまうのだろう。そんなに愚痴っぽいつもりはないんだけど。
 彼女が聞き上手なのかな……いや、他人のせいにしちゃいけない。反省。
「それで松岡くんはどう対抗したの?」
「なんだかんだでヘタレなところがあるから何もしてないよ」
「加地前さんは?」
「いつも通りかな……」
「東野くんは?」
「エクステ付けて男子生徒からじろじろ見られてたよ」
 うん。やっぱり彼女は聞き上手だ。我ながらスラスラと言葉が出てくる。
 とはいえ毎度愚痴ばかりこぼしていたら、いずれ会うこともなくなってしまうだろう。
 今後は気をつけるようにしよう。
「そんなことより、早苗はどうなの?」
「私はいいから敬ちゃんの話を聞かせてほしいな」
 気をつけるように……しよう……。

 JR京橋駅の一番ホームに列車が到着した。シュークリーム屋の甘々とした香りが充満する駅舎を、駆け足の人々が掻き混ぜていく。みんな忙しそうだ。
 俺たちはその後ろをのんびりと歩かせてもらった。
「敬ちゃん、シュークリーム食べる?」
「いや……早苗は?」
「別にいいかな。太りたくないし」
 言い終えた時点ですでに彼女は改札を抜けていた。
 どういうつもりで聞いてきたんだろう。
 改札を抜けた先には寿司屋があり、不動産屋があって、細い歩道がある。
 このあたりからはもう俺たちのホームグラウンドだ。
「まだまだ寒いね……」
「そうだな……」
 川沿いの歩道を二人で歩く。
 歩道はやがて幅の広い橋――新城見橋にたどり着き、さらに寝屋川を越えて市道に合流する。
 その頃には電車ごっこだった二人も左右に並んで歩くようになっている。
 姉が言うことには、制服姿の女子生徒と一緒に歩くのは『高校生の特権』らしい。年をとるとどうしても別のバイアスが掛かってしまい、綺麗な眼で見られなくなるそうだ。
 そういう意味では、俺は今、男子の本懐を遂げているのかもしれない。
「中学時代は別々だったしなあ……」
「中学の話? 確かに敬ちゃんとは別の学校だったもんね」
 またもやニヒヒと笑う早苗。
「寂しかったなら敬ちゃんもウチに来たら良かったのに」
「……俺の頭で四條畷なんて行けるはずないだろ」
 彼女は中学時代から四條畷学院に通っている。府内有数の進学校の中等部といえば非常に狭き門だ。それをパスした彼女の頭は素直に称賛されるべきだと思う。
 さらに言わせてもらえば、普通なら中高一貫のエスカレーターで気が緩む生徒が多い中、なんと彼女は特待生にまでなってしまっている。母から間接的に聞いたことには、早苗は各種の試験でとんでもない成績を残しているらしい。いったい何が彼女をそこまで勉学に励ませるのか、四條畷学院の職員室では定期的に話題になっているとかいないとか。
 一方の俺はただの公立高校の生徒。成績だって並以下にすぎない。
「まあ、敬ちゃんでは私ほどにはなれないだろうね」
 小学校まではほとんど同じだったはずなのに、いつの間にか彼我の差は離れていく一方だ。
「ほう……言ってくれるじゃないか」
 別に羨む気持ちはないけど、雲の上に行ってしまったなあ、という感じはする。
 ところで早苗とは三ヶ月ぶりの再会になるわけだけど、彼女は気づいたりしないのだろうか。
 あるいは松岡たちと同じように気づかないふりをして気遣ってくれているのかな。
「敬ちゃんの喋り方の話?」
「へ?」
「バッチリ顔に出てるよ」
 川からの風が早苗の髪をさわさわと揺らす。夜は山の風が吹く。
「――まあ、別に気にならないかな」
「そうなのか?」
「一人称なんて年齢と共に変化するものだからねえ……私だって昔は……」
 そうして喋っているうちに、いつの間にか俺たちは家の近所までたどり着いていた。
 路地の裏筋にある二階建ての一軒家。それが我が家だ。
 ちょっと奥に入ったところに早苗の家もある。
 東城見一丁目は奥まっていて色々とややこしいのだ。
「じゃ、またね敬ちゃん。放送部頑張ってね!」
 左右に手を振り、路地を後にする早苗。
 わずかな残り香が胸を熱くさせる。
「うん……またな」
 またいずれ、偶然会うことがあれば。
 できれば近いうちに。
 そんな淡い希望を胸に抱きつつ、俺は自宅のチャイムを鳴らした。

     ☆     

 新入生説明会から一週間が過ぎたある日。
 放課後の放送部に一人の新参者が現れた。
「あの! 見学希望なんですけども!」
 背丈の小さな男の子だった。
 たどたどしい口調にダボダボの制服。
 まさしく一年生といった具合だ。とても可愛らしい。
「おやおや。ようやく一人目だね」
 出迎えた俺の後ろから、東野が顔を見せる。
 その瞬間、男の子の表情が真っ青になった。
「えええええ!? なにその声!?」
 どうやら東野を女性だと思い込んでいたらしい。
「え、ボクの声?」
「そんなあ、そんなあ!」
 東野の野太い声を聞いて恐慌状態に陥った男の子は、持っていた紙束をその場に落とし、今にも泣きだしそうな顔で駆け出してしまった。
「ああ! 一人目が逃げていく!」
「追え東野! そいつをエサにして女の子を芋づるでゲットしなきゃいかん!」
 背後から松岡が指令を下す。
「わかった!」
 副部長の命令を受けた東野は、かつて陸上で鍛えた脚力を生かして、誰もいない廊下を物凄いスピードで駆け抜けていった。
 嵐が去った後、俺は目の前に落ちていた紙束を拾い上げる。
 そこには『ガラスの向こうのあなたに一目惚れ』だの『体育倉庫裏に来てください』だの、愛くるしい言葉が大量に記されていた。
 紛れもなくラブレター。それも二日ぐらい寝ずに書いたような代物だ。
 いったい何が、彼をそこまでさせたのか。
 俺には思うところがあった。
「おい松岡」
「ん、どうした古城」
「お前のせいで一人の男の子が純情を汚したようだぞ」
「そうか。それは良かったな」
 よくわかっていないらしい松岡は、ケロリとした表情でペットボトルのジュースを胃に注いでいた。
 それにしても、ガラスの向こうのあなたに一目惚れ……か。
 エクステを付けた東野は「黙っていれば」完全無欠の美少女だったから仕方がないとはいえ、あの男の子には深く同情せざるを得ないなあ……。
 そんなこんなで放送部はいつでも部員募集中です。

     ☆     

 四月某日。
『こんにちは。DJかなえです。ただいまお送りいたしました曲はスターダストレビューの「今夜だけきっと」「トワイライト・アヴェニュー」でした。今日は水曜日の懐メロ特集です!』
『季節は春から初夏になりつつある今日この頃。そろそろ冬服の上着が鬱陶しくなってくる時期ですね。ボクは最近ほとんど上着を着ていません。夕方になると寒い風が吹くので一応持ってきてはいるんですが、もうほとんどお役御免です』
『そういえば新入生の皆さんは部活とかもう決まりましたか。放送部はいつでも新入部員を募集しています。ボクたちと一緒に青春の汗をかいてみないかい? きっと楽しいよ!』
『特に一年三組の矢野くん! ボクはいつでも返事をしてあげるよ!』
『そんなわけで……次の曲に行ってみましょうか!』
『三曲目、村下孝蔵で「同窓会」。紛うことなき名曲ですね。四曲目は甲斐バンドで「裏切りの街角」です。歌詞の都会に出ていくというあたりに時代を感じます!』
『それでは二曲続けて、どうぞ!』

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